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2017.08.19 (Sat)


 決戦当日。

 講堂のステージ裏に倉庫のような狭い部屋があり、総二郎はそこを控室として用意していた。
 ステージ衣装として正装に着替えたあきらは、
「……ここ、ちゃんと掃除されてるだろうな……」
 部屋の中を見ながら嫌そうに言い放ち、用意されたパイプ椅子には座らなかった。
 同じように正装に着替えている俺は、その空いている椅子を指差して、
「つくし、空いてるから座れば?」
 ずっと傍にいてくれているつくしに座るよう勧める。

「え? いいよ。2人ともこれから演奏で大変じゃん。美作さんが座れば? そのための椅子なんでしょ?」
 遠慮するつくしに、あきらはこの場を用意した総二郎に向かって、
「俺に座らせたいなら、座り心地がいいソファーくらい用意しろよなっ」
 なんて怒っている。
「……たしかにずっと座ってるとお尻が痛くなるね」
 すでに着席して10分は過ぎた俺が感想を述べると、総二郎も部屋の中を見回しながら、
「悪りぃな。そこまで考えが回らなくてさ。この部屋も控室みたいな場所が必要か……って、今朝思いついて慌てて掃除させたんだぜ。牧野、遠慮せず座っとけよ」
「……うん。誰も座らないなら……」
 今日のためにと、昨日俺と一緒に買った黒のフォーマルワンピースに身を包んだつくしが腰を下ろす。

 随分と大袈裟になったな……。
 本当はこんな堅苦しい恰好をするつもりなんてなかった。
 ただバイオリンを演奏できる場所を探していただけなのに……。
 総二郎から講堂許可が下りた理由を聞いたあと、俺は学園長から呼び出され『これは後輩の為の課外授業』と釘を刺された。
 俺の素人演奏が授業になるものなのか……?
 バイオリニストの母さんの息子だって事で、演奏を聴いた事もないくせに過大評価し過ぎだって思う。

 ……いやこの際周りは関係ないんだ。
 母さんと父さんに伝わればいい。
 俺はそれだけを考えて演奏すればいいんだから……。

「類、客だぞ」
「……?」
 声を掛けられて入り口を見ると、石川さんが立っていた。
「お久しぶりです。類様」
「今日はありがと。無理言って……」
「いえ、とんでもございません。里香子様はとても喜んでおられましたよ」
 笑顔で言いながら部屋の中へ入ってくる。
「よかった。母さんがちゃんと来てくれて」
「先程、ご主人と一緒に客席に入られました。私は舞台袖から拝見させて頂こうと思っております」
 父さんも一緒。
 すべて予定通りだ。
 本当にあとは俺の演奏だけ……。
 俺はあきらと一緒に作ったセットリスト(曲順)をもう一度確認した。
 そんな俺の姿を見た総二郎は、
「照明はプロを雇ったから任せろ」
「ん」
「私の出番は、この一番下に書かれた曲ですね」
 石川さんが俺の手元の用紙を見ながら確認する。
「上手くいけばね」
 緊張からかつい嫌味っぽい返しになった俺に、石川さんは
「大丈夫ですよ。私は里佳子様から、何度も類様が初めてバイオリンを持った時の話を伺っているんです。きっと成功致しますよ」
 と俺を信じきった笑顔で返してくる。

「じゃ、そろそろ時間だしステージの方へ向かうか」
 総二郎とあきら、それに石川さんも一緒になって部屋から出て行き、中には俺とつくしだけになった。
「……」
「……」
 つくしは椅子から立ち上がり、
「……あたし達もそろそろ行く?」
 と声を掛けてくる。
「ちょっと待って」
 つくしが歩いて行こうとするので、手を掴んで引き留めた。
「……?」
 俺も椅子から立ち上がり後ろから抱きしめ、
「類?」
「……ん、聞こえる? 俺の心臓の音……」
「背中だからかちょっとよく分かんないけど……緊張してる?」
 って、あたり前だよね……って呟きながら、いつものように俺に体重を預けてきた。
 そんなつくしの重みを受け止めるのが何より嬉しい。
 強張った顔が少し緩んだ気がした。

「大丈夫だよ。前にね……ほら、初めて宮古島へ行った時に類があたしの未来が無限にあると言ってくれたのと同じで、今回のこの演奏も沢山あるうちの一つに過ぎないよ」
「……?」
「類はお父さんに、あたしの事を分かってもらおうとして気負ってくれてて……あたしの事を考えてくてるんだって思うとそれは嬉しい」
「……ん」
「でもね。今回がダメでもきっと他に方法はある。見つけられるって思うよ」
 今回がダメでも……。他にも……?
「……」
「類といるのが当たり前で、あたし凄く強くなったなって最近感じるんだ。類の事は絶対手放したくないって思ってるから……。1回や2回のチャレンジで結果が出なくても諦めない。焦らないでゆっくり説得しようよ」
「つくし……」 
「今回の演奏は、お父さんに分かってもらう事が出来るかもしれない、可能性の1つに過ぎないよ」
 そう言ったつくしは俺に預けていた重心を戻し、腕の中で反転したあと腰に腕が回る。
 心臓の所に耳をあて俺の高鳴りを確認したら、顔を上げた。
「お母さんね。本当に類の演奏を聴くのは楽しみにしてると思う。だから類も楽しんできて」
 ニコって笑うつくしを見ると、彼女の口癖である雑草パワーが俺にも伝染してくる。
 踏ん張れそうな感じだ。
「……わかった。いつもつくしに聴かせているように、楽しんで弾くよ」
「うん」




 開演時間になり、総二郎のMCからスタートする。

『皆様、本日はお忙しい中お越し下さりありがとうございます。今夜の主役、花沢類は俺の幼馴染みであり、この英徳学園に在籍していて知らぬ者はいないという有名人。ですが、今まで決して人前ではバイオリンを弾いた事がないという経歴を持っておりました。それが、今夜ついに解禁となったのであります』

 ……。
 ……何、その紹介……。
 総二郎のふざけているだろう……言葉に、舞台袖で俺の隣に立っているつくしは「ぷっ」と笑った。

『そのめでたき日に時間を作って頂き、類のご両親もこの会場へ足を運んでいただいております。在校生のみんな、失礼のないように』
 俺は客席の一番前の真ん中へ視線を走らせる。
 
 ……照明が暗くてここからはよく見えないが、あそこにいるんだよな……。
『伴奏は同じく俺達の幼馴染みである、美作あきらが務めます。皆様どうぞよろしくお願い致します』
 挨拶が終わると講堂に拍手が鳴り響き、ステージの照明が明るくなった。
 あきらが先に行き、ステージ中央で一礼してからピアノの椅子に座る。
 俺はつくしを見て、
「行ってくる」
 て言うとつくしも、
「いってらっしゃい」
 と送り出してくれた。

 ステージへ一歩一歩進み、あきらが一礼した場所で同じように一礼をすると、目の前にいる両親と目が合った。
 客席自体は暗いのだが、一番前だからステージの明かりを借りてハッキリと顔が見える。
 バイオリンを握る手に自然と力が入った。
 横目で舞台袖を見ると、つくしが毎日マンションの玄関から送り出すときのような笑顔で俺を見ている。

『類も楽しんできて』

 さっき言われた言葉が耳に蘇ると、力が入った手から緊張が緩む。

 ゆっくり深呼吸をしたあと、あきらに目配せをして俺のバイオリン演奏がスタートした。

 1曲目は、チャイコフスキーの『アンダンテ・カンタービレ』
 クラシックをよく知らないと言っていたつくし。
 この曲も俺が弾いたら「初めて聞いた」と涙をこぼしながら言っていた。
 なぜ泣いてしまったか本人にも理由は分からないらしいが、「この曲も好き」とつくしのリクエスト曲に加えられた。

 この曲を弾くといつもあの涙を思い出す。
 キレイな涙だった。
 涙で目が洗われ、黒目がちな瞳がキラキラと光る。
 水と光が反射し、七色の明るい輝き。
 その輝きが俺の「音」と1つになって、いつものように踊り出す。

 弾ける音符が色とりどりに輝きだし、講堂中に鳴り響いた。





 特に大きな失敗もなく、演奏会は順調に進んでいく。
 予定していた最後の曲は、無伴奏で有名なパガニーニの「24のカプリース」
 ずっとピアノで伴奏をしてくれていたあきらは、そっと舞台袖に下がった。
 バイオリンの難曲として有名だが、これを弾いた時のつくしの驚きの目が忘れられない。

 ……ああ、俺って全部つくしに繋がってるんだな。
 って、そうだろう……。
 「音」を見つけられたのは、つくしがいたからだ。
 バイオリンを弾き始めた時から、ずっと探していた「音」。
 俺の「音」が、母さんにも届きますように。

 震わせる事が出来なければ、今回の演奏会は失敗……俺の負けだ。




 弾き終わった後、会場中から拍手が起こった。
 呼吸が乱れて息が整わないが、何とか一礼だけして目の前に座る母さんを見ると、会場の生徒達と同じように拍手をしてくれていた。
「……っ」
 舞台袖のつくしに視線をやると、つくしも拍手をしている。
 俺はもう一度母さんと視線を合わせて、

「父さん、母さん。今日は来てくれてありがとう」
 と、声を掛けた。
 マイクなど使っていないので、後ろの席の人達には何も聞こえていないようだが、俺の声が聞こえた人達が拍手を止めるので、次第に拍手の音が小さくなって聞こえなくなっていく。
 静寂な会場に戻ったところで俺は話を続けた。
「母さん、バイオリンを俺に教えてくれてありがとう」
 そう言うと、目に溜めた涙を1粒こぼして母さんが頷いた。

「俺の中にさ。物心ついたときからずっと聴こえている「音」があって……。それを探していつもバイオリンを弾いてたんだ。その「音」を鳴らしたくて、練習姿っていうのは必至な様子だったと思う。いつもバイオリンを弾いてその「音」を探すんだけど、正体が分からなくて……全速力で走っているのに、ゴールにいつまでたっても辿り着けないみたいな感じで……。それを他人に見られたり聴かれたりするのが嫌で、ずっと人前で弾くのは拒否してきた」

 母さんは俺の言葉に「うんうん」と頷きながら聞いてくれる。父さんはそんな母さんの肩に優しく腕を回していた。

「でも宮古島へつくしと行った時、クローゼットの中に入っていた1/16バイオリンをつくしが見つけてくれて……そのバイオリンを使ってつくしの前で弾いたら「音」に辿り着けたんだ」
 舞台袖をもう一度見て、待機していた石川さんに目配せをすると、軽く頷いてくれた。
 それを確認し、俺は母さんに視線を戻す。
「その時から俺の中にある「音」が鳴り出した。バイオリンを弾くのが楽しくて仕方なくなったんだ。つくしも俺のバイオリンを好きだって言ってくれる。母さんはどう思った? 母さんとつくしがいたから、俺は「音」に出会えた。2人のおかげで、今の俺はとても幸せだって感じてる」
 そこまで話すと石川さんがステージへやって来て、端に用意されている階段の前で止まり母さんの方を見た。
 母さんは石川さんが持っている物に気付き目を見開いた。
「母さんはどう? 俺の演奏を聴いて……」
 もう一度同じ言葉を口にすると、意味を理解した母さんは立ち上がり階段まで歩いて行く。
 そして階段を登りステージへ上がったら、石川さんから自分のバイオリンを受け取った。

 石川さんは舞台袖へ戻り、母さんはゆっくり歩いて俺の横に立つ。
「私も……類の演奏好きだわ」
 と小さい声でハッキリと答えてくれた。
「ありがと。……つくしから聞いたけど、俺一度も母さんに捨てられた……とか、そういうの考えた事ない。俺も母さんのバイオリンが好きだから」
 そう言うとまた涙を流したので、俺はポケットに入れていたハンカチを渡す。
 それを受け取り、目頭を押さえた母さんは、
「……何を弾くの?」
 と聞いてきた。
「母さんの好きな曲を……って言いたいけど、俺が弾けるか分からないし……ドボルザークの「ユーモレスク」でいいかな?」
「……っ」
「ちゃんと覚えてるよ。母さんが宮古島で俺に教えようとしてた曲でしょ。結局時間が足りなくて、触りしか教われなかった」
「……そうよ。……あの時、類と一緒に弾けたらなって思って教えようとした……」
 ハンカチで押さえたまま母さんがあの時の事を話してくれる。
「今日、一緒にやりたい」
「ええ……」
「それとお願いしたいことがある」
「……?」
 涙を溜めた目で「何?」と俺を見る母さんに、
「この演奏で、俺が母さんと1つになれる音を出せたら、俺の味方をして欲しい」
「味方?」
「母さんがいつも中立の立場でいるっていうのは知ってる。でも俺はつくしじゃなきゃダメなんだ。つくしがいないと、俺の「音」はまた消えてしまう」
「……」
「……」
「……つくしさんがいないと類の言う「音」が出せないのね……。……分かったわ。「ユーモレスク」を一緒に弾いて、私がもう一度類とバイオリンを弾きたいって思えたなら、類の力になる」

「ありがと……」



 そして講堂に俺と母さんのバイオリンの音が鳴り響いた。






 ※次回最終話です。



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find a way 45

2017.08.17 (Thu)


類side

 母さんが俺の事を心配しているって、言うつくし。
 その話を聞いた日から、俺は母さんの事を考えてみた。
 過去に「エトワール」のマスターにも、もっと母親の事を理解しろ……みたいな事を言われたのを思い出し、俺が気づいていないだけでやっぱりつくしが言う通りの部分もあるんじゃないかと思ってしまう。

 母さんを味方に……?

 それってただお願いするだけでいいものなのか?
 ……いや無理だろう。
 母さんは俺の教育については、何一つ意見を言った事がない。
 俺の私生活についてもだ。
 だからあの公演の日、つくしに会わせた時色々と話す姿に驚愕した。
 つくしを傷つけるような発言をするなんて、思ってもみなかった。

 ……。

 ……どうしたら……。

 どうしたら、俺の気持ちが母さんに届く……?


 母さんと俺の共通は、バイオリンだけだろう。


 宮古島で唯一、バイオリンを通して親子らしい生活をした。

 俺にバイオリンを教えてくれた初めての先生。


 ……やっぱりこれしかないよな……。





 覚悟を決めた日、大学のカフェテリアへ行くと幼馴染みの2人が寛いでいた。
「あきらと総二郎にお願いがあるんだけど」

「「……っ!?」」

 挨拶すらせず開口一番に願い出ると、2人は「なんだ?」って顔をして俺の方を振り返る。
 空いている席に座り、父さんに会った時の事や母さんの事を隠さず話した。

「……それで……あきらに伴奏を頼めないかなって思って」
「類のやりたい事は分かったが……俺、最近弾いてないからなぁ」
 思うに俺達4人の中であきらが一番ピアノの技術が高い。
 それに個性豊かな俺達を陰ながらいつもまとめてくれている。だから今まで俺達は幼馴染みとして、一緒に育っていくことができたんだ。
 そんなあきらが弾くピアノだからこそ、俺は任せたいと思った。
 だが俺と同じように会社で働きつつ大学へ通っているあきらも、毎日が忙しく過ごしている。
 気楽な頃と違って、今はピアノを弾いている時間なんてないんだろうけど……。
「あきらにしか頼める人がいない。どんなに技術がある人でも、俺がその人と呼吸が合うとは思えない」
「……ん、まぁ……そうだよな」
 俺の性格を熟知しているあきらは「納得……」って言いながら考え込む。
「お願い」
「……わかったよ。今日から家のピアノで練習しとくわっ」
 渋々といったか感じだが、優しいこの幼馴染みはいつも我儘を聞いてくれる。
「ありがと」
 了承を得たことで俺は安堵の笑顔を見せた。


 俺達のやり取りを黙って見ていた総二郎が、
「場所と日時はどうする?」
「日はもうそんなにない。父さんが来週の金曜日には向こうへ帰るから、日本を発つ前にやってしまいたい」
「だな……。じゃ木曜の夜。親父さんの秘書にでも連絡して、ちゃんとアポ取っとけよ」
「ん」
 それは田村にも間に入ってもらい、何としても父さんの時間をもぎ取るつもりだ。
「母親の方はどうだ?」
「今はツアー中じゃないから……これも何とかする」
 俺のバイオリンを2人揃っている時に聴いて貰わないと意味がない。

「あとは場所だな……」
「だな。ピアノが置ける場所っていうと限られるから……」
 総二郎の言葉に、あきらは自分が担当する楽器の心配もしながら、適当な場所はないだろうかと考えてくれる。
「類が演奏するんで妥当なところっていったらフラワーホールだろ? 花沢物産所有の。……その日は空いてないのか?」
 フラワーホールか……。
「確認してみないと分からないけど……あそこはちょっと違うような気がする」
「違うってどういう意味だ? あそこなら音の反響も最高だろ」
 どこか俺っぽくないっていうか……。
「上手く言えないけど……もうちょっと親しめる場所がいいかなって」
 フラワーホールはクラシック専用に作られているし、確かに音の響きとかを考えるならあそこで演奏できれば最高なんだ。
 プロは勿論、音大の学生なども利用したりする。
 音楽をする人にとって、あそこは決して敷居が高いっていうホールではないんだが……。どこかしっくりこないっていうか……。

 俺とつくしに合う場所じゃない感じがする……。
 ドレスコートのいらないもっと身近な場所。

 テーブルに肘をつき、掌に顎を乗せた総二郎は、
「親しめる場所ね……どこだ、それは……」
 と呟きつつ考えてくれる。あきらも横で、
「親しめる場所って言われると、学園内って事か?」
「なら講堂しかねぇだろ。外だと雨なんか降られたら中止になっちまうし。……一発勝負なんだろ?」
「……ん」
 一発勝負だ。
 俺が頷くのを確認した総二郎は席を立ち、
「じゃ場所は俺が確保しといてやるよ」
 と言って、歩いて行った。

 総二郎を見送ったあと、あきらは鞄からノートを取り出し、
「それじゃ、もう時間もねぇから俺達は何の曲にするか早く決めちまおうぜ。俺は練習しないとかなりヤバイ」
 と言って決行日時と場所を書いていく。
 つくしの好きな曲は絶対外せないとして……どんな曲がいいんだろうって俺は考えながら、そこに演奏する曲目をあきらと一緒に箇条書きしていった。

 2人の意見を取り入れて書き上がったノートを見て、
「ま、こんなもんか……。ちょっと多い気がするが、一度合わせてみてしっくりこない曲は外していこうぜ」
「ん」
 今日はいきなり合わせたりはせず、お互い自主練をしておこうという話でまとまった。
「にしても類のバイオリンか……昔こっそり聞いてたのがバレてすっげぇ怒られて以来だな」
「……そうだっけ?」
「怖かったんだぜ、あん時のお前は。怒って俺らと1ヵ月間、口聞かなかっただろ」

「……」



 あきらが話しているのは、きっとあの時のことだよな。
 俺が自分の部屋でバイオリンを弾いていた時に、あきらと総二郎と司が遊びに来たんだ。
 3人が少し開いたドアから部屋の中を覗いているのに、俺は気づかなかった。
 初等部の終わり頃だったと思うけど、俺は自分の中にある「音」を探して必死にバイオリンを奏でていた。
 夢中で小さい光が見えるゴールへ、「音」を求めて走る俺。
 そんな必死な姿を誰かに見られていたかと思うと、恥ずかしくてたまらなかった……。

「口、聞かなかったっていうか……何を話していいか分からなかったんだよ。バイオリンの話とか聞かれたくなかったし」
「はははっ。そんな風に思っていた類が、両親の前で演奏か……。成長したなぁ」
「うるさい」
 たまに見せる、あきらのお兄ちゃん風にムっとして俺は席を立った。
 そんな俺の態度に怯む事がないあきらは笑いながら、
「俺の仕事のスケジュール調整がすんだら連絡するし、一緒に練習やろうぜ」
「ん、よろしく」
 それだけ言って、俺もカフェテリアを出て行った。
 あきら以上に練習が必要なのは俺だ。
 つくしの事を分かってもらうために演奏するんだから。無様な物は聴かせられない。


 そして総二郎から英徳の講堂使用許可が下りたと連絡を貰って2日後。
 母さんのマネージャーの石川さんから連絡を貰った。
 何とか都合がついたから、日本に戻ってこれるらしい。
 母さんが来るなら父さんの方も大丈夫だ。仕事の調整はすでにしてもらっているし、もし来ないようなら母さんから「一緒に行きましょう」みたいな一言を言って貰えれば簡単だ。




「……って何これ?」

 大学の学生掲示板の前で俺は固まってしまった。


『来たれ! 奇跡の木曜。 F4の1人、花沢類のヴェールが今脱がされる』

 の文字が書かれている俺の写真つきポスター。


 誰が貼ったんだ……。
 それに何だよ。このヴェール……って。

 そしてポスターの右下には小さく予定している場所が書かれている。
 英徳の講堂……。



 俺は足早にその場を去りながら、携帯をポケットから取り出し履歴からリダイヤルをする。
 コール5回で相手に繋がった。
「総二郎っ。今どこっ?」
『何そんなに怒ってんだ?』
 ……怒る理由が分からないわけ?
「どこ?」
『どこって……カフェテリア』
 場所を聞き出し俺は電話を切った。
 カフェテリアへ向かっている時間の間にアイツが逃げ出さしたりしないかと心配すると、自然と駆け足になる。

 学生が大勢集まっているカフェテリアの中へ入ると、俺に気付いた生徒から何やら声が聞こえてくる。
が、そんなのはいつも通り無視し総二郎の姿を探すと奥の窓際席で本を読んでいた。
 大股で近づいた俺に気付いた総二郎は、
「よう」
 と手を上げ挨拶をしてくる。
「なんなのさっ。あのポスター」
「ああ、見た? お前の写真がなかなかなくてな。……探すのに苦労したぜ。本当はバイオリンを持っている姿が理想だったんだが、仕方なく昼寝している写真になっちまった。ま、あれもお前らしいかなって思うが……」

「そうじゃないっ。なんであんな宣伝みたいな事してるわけ?」
 あれじゃこの学園の生徒に、俺の演奏を聴きに来いって言っているようなものじゃないかっ。
 俺が聞きたい事と違う回答をする総二郎にイラつきを隠さずにいると、目の前の男は開き直った態度で、
「ギャラリーがいた方が盛り上がるだろ」
「別に盛り上げる必要はない。ただ俺の気持ちを演奏で伝えたかっただけだ」
 つくしの事を認めてもらうために、父さんと母さんの前で演奏するだけだ。
「けどな。あのポスターを飾ったらもうスゴイ反響で、座席指定にしたら速攻埋まったぞ」
「埋まった……って……?」
「だから講堂の座席。取り合いになってモメても困るから、先着順で座席番号配ったんだ」
「……それってつまり、当日は講堂がやじ馬で埋め尽くすって事?」
「安心しろ。メインである類の両親は、最前列の真ん中の場所を確保してある」
 だからそういう問題じゃない……。
 親に聴いて貰いたいだけなのに、なんで関係ない人達までその場にいるわけ?
「今すぐやじ馬を来れなくさせて」
「それは無理だって。学園側に聞いたら講堂は個人の私的利用を認めてねぇんだと。ただ今回は例外として、類が下級生の情操教育を行うって名目で使用許可が下りたんだ」
「……」
 下級生の教育……。
 そんな条件付きで借りれたとは知らなかった……。

「それに当日は雰囲気に飲み込まれていい方向に向くかもよ。まずはそのギャラリー達を類の演奏で虜にしちまえよっ」
 総二郎は無責任な言い方をしてニヤっと笑った。
 誰がそこで演奏をすると思っているわけ……。
 まずはギャラリー達の心を掴めだなんて。

 ……今から場所を変える?
 だが運よく違う所が見つかっても日付は変えられない。
 忙しい2人のスケジュールを無理に調整したんだし。

 ……。

 ギャラリーの心を掴む……。
 確かに音楽の耳が肥えている両親を納得させる演奏をするためには、ギャラリー達がまずは納得できるような演奏でないとダメなのかも知れない。


 あきらからは今夜、音合わせをしようと声を誘われている。

 ……とにかく今は練習するしかない。





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find a way 44

2017.08.15 (Tue)


『私ね。小さい頃からバイオリンを習っていたけど、お金持ちの家で生まれたわけじゃなかったの。普通のサラリーマンの家庭。高校までは公立だったし、音大も特待生になれなかったら通えなかった』

『……え?』

 突然のお母さんの告白にあたしは驚いてしまう。
 バイオリンに音大生……って聞いていたから、勝手にお母さんの事もお嬢様なのかと思ってた……。
『音楽って意外とお金かかるからね。他にも妹がいたし……大学も下宿なんて出来る余裕なかったから、自宅から1時間以上かけて通ってたの。……それは昨日話したわよね?』
『はい……。お父さんが大学の近くにマンションを建ててくれたって』
『そう、高校の時の私の演奏を聞いた開さんが、私の力になりたいって言って……。正直開いた口が塞がらなかったわ……勝手にあのマンションを建てた時は……』
 お母さんはあたしから目線を外し、明後日の方角を向きつつ当時の心境を語る。
『……勝手に……って?』
『いきなり連れ行かれ「今日からここに住んで大学に通えばいい」って新築のマンションに案内されたの。……どう思う?』
 ……ど、どう思う……って聞かれても……。
 これ正直に答えちゃっていいわけ?
 ……。
 言い淀んでいると、返事を待つお母さんの期待を込めた視線が突き刺さってくる。

『……えっと、庶民の間隔で言うと……ちょっとヒクかも……』
 あたしが失礼かな……って思いつつも、小声で正直に気持ちを暴露すると、
『でしょっ……。あり得ないって思うわよねっ。当時は別に恋人でも何でもなかったのよ』
 と、激しく同意された。

 ……ホっ。
 怒らなかった事に、あたしはこっそり息を吐く。……て、
『恋人じゃないのに……一緒にマンションに住んだんですか?』
 質問してから、……あれ? あたしもそうなのか? 弟と一緒だけど、昨日まではまだ恋人じゃなかったし……なんて思ってしまう。

『別の部屋へね。開さんは最上階のオーナー部屋へ住んでいたけど、私は下の賃貸部屋へ住んだから。……けどそれもあり得ないほどの格安価格で』
『……はぁ』
『当時の私はバイオリンが一番で、開さんの事なんて正直何とも思ってなかったの。恋愛する時間があるなら練習したかったし、1時間以上かけて通学……往復で3時間近くかかってた時間がまるまる練習に使えるんだって思ったから、……ズルいかも知れないけどあのマンションに住むことを了承したの』

 ……うわぁ。
 本当にバイオリンが好きなんだ。
 前に花沢類もお母さんは仕事が一番大事……みたいな事言ってたし、……そのままなんだ。

 あたしがこっそり分析していると、お母さんは小さく息を吐いてから、
『でも、情も移ってくるのよね……。マンションに住むようになってからも、私がバイオリンに集中できる環境をいろいろ作ってくれて……。音大卒業と共にドイツ留学が決まった私に、開さんが「ついて行く」って言った時にはもう付き合ってた……かな……?』
 ……かなって……そこんとこはあやふやなのね…。
『……』
『結婚も反対されたわ。開さんの両親からは結構キツイ事も言われたし……』
『……』
『向こうの親が出した条件は、社長夫人としてキチンとサポートが出来るなら……って事なの。でも私はやっとプロデューできたところだったし、バイオリンを辞めるつもりなかったから随分揉めて。業を煮やした開さんが親に内緒で勝手に婚姻届けを提出しちゃったの』
 お母さんは懐かしい話をするみたいに、優しく笑いながら話した。
 ……勝手にって……。
 お父さんって、話だけ聞くと随分情熱的な人なのかも……。ああ、だからベタ惚れって何回も聞いているのか。
 けどお母さんが一般家庭で育った人だと言われれば、どうしても自分と重ねてみてしまう。
 道明寺のお母さんに言われた嫌な事を、花沢類のお母さんも言われたんだ……って思うと辛くなる。

『私ね……。類って開さんに似てるなって思うけど、牧野さんから見てどう思う?』
『……? え……と』
 そう言われてもお父さんに会った事ないし……。
 ハッキリ言って、ベタ惚れ情報しか持ってない。
 ……花沢類は、あたしにSPつけるかな……?
 今のとこついてないよね。こっそり誰かが後をつけていたり……とか……。って思いながら自分の周りを確認する。
 うん、怪しいそれっぽい人はいない。

 けどよく考えてみると、
『似てる……とこあるかも……』
 ……婚姻届けとか。しっかりゴールを用意している……みたいな。
『だけど、花沢類はお母さんとの方が似てるなって思いました』

『私と?』
 初めて言われたわ……って言いながら驚いた顔をしたあと、目をキラキラ輝かせ、
『どこが? どこがそう思うの?』
 とワクワクしている子供みたいに聞いて来た。

『……昨日の演奏を聴いて思ったんですけど……』
『バイオリン?』
『はい。これは昨日花沢類にも話したけど……えっと、いつも楽しい気持ちにさせてくれるんです。花沢類のバイオリンは。聴き終わると一日遊んで楽しかった思い出で一杯になった時のような気分なって……。お母さんは今日一日何か楽しい事が起きそうってワクワクな気分にさせてくれるんです』
 この話をするとあたしの頭に流れる映像は小学生の頃の自分。
 ランドセルを背負って学校へ通った。
 自然に出来た友達と、毎日笑って遊んで……。
 あの頃は毎日何か新しい発見があったような、キラキラと輝いていた。
『……』
『2人とも踊り出すように楽しい気持ちにさせてくれるから、似てるなぁ……って』
 あたしが昨日思った感想をお母さんにも打ち明けると、ずっと笑っていたお母さんの表情が曇ってしまった。
 
 途端にあたしは後悔の渦に巻き込まれる。
 ……よくわかってない素人が変な事言っちゃったかな……。
 花沢類はあたしの感想を褒めてくれたんだけど……。
『あの……すみません……。音楽の事よく知らないのに勝手にベラベラと……』
 あたしの謝罪にハッと顔を上げたお母さんは、
『……ううん。違うのよ。私は類の演奏を聴いた事がないから……どんなのかなぁって想像していただけ』
『確か、人前で弾くのが嫌いだって……』
『そう。ビデオ撮影とかも絶対嫌だって言われてね……』
 「ふふっ……」ってお母さんは悲しそうに笑った。

『……最初にお母さんがバイオリンを教えたんですよね? ……花沢類に』
『ええ、そうよ。……宮国さんから聞いたのかしら?』
 お母さんは宮古島の別荘の管理人である、宮国さんの名前を出した。
 たしかに彼女なら知っているんだろうけど……。
『あたしが聞いたのは、花沢類からです』

『……っ! ……類が、覚えているの?』
 今までで一番大きく目を見開いてあたしの方を見た。
『正確には最近まで忘れていたみたいだけど、宮古島に置きっぱなしになっていた……えっと、あの小さいバイオリン何て言うんだっけ? とにかくそれを弾いて思い出したって言ってました』
『あの分数バイオリン? ……そう、あそこに置き忘れてたのね』
 そうだ。分数バイオリンって言うんだった……。
『……懐かしいわね……。そうね、たしかにあの時私も類のバイオリンの音を聴いたわ。……でも時間が足りなくて、まだ曲を弾くまでにはならなかった……』
 そう言ってやっぱり悲しそうに話すお母さんの姿に、胸が締め付けられた。
 あたしはすっかり冷めてしまったカフェモカを一口飲んでから、気を取り直して質問をする。

『自分の殻に閉じこもって口が聞けなくなった花沢類を、お母さんが宮古島へ連れて行ったんですよね?』
『ええ……。私が気づいた時にはもう類はあの状態だったから……』
『……?』

『まだプロのバイオリニストとして駆け出しだった頃に類を産んで、暫くは産休を貰って類と過ごしていたの。……でも開さんやお義父さん達に、将来後継者としての教育を始めるから類のことは任せて、私はバイオリンの世界へ戻っていいよ……って言われて。……表面上はそういう言い方だったけど……一般家庭で育った私は教育には口出しするな……みたいな感じでね。確かに私には帝王学とか……そういうのよく分からなかったし、素直に言うことを聞くのが類の為だって思ってドイツへ戻ったの』

『……』

『……それからは年に1回くらいしか会えなかったんだけど、類が4歳になって会った時すごく後悔したの。全然笑わないどころか、声すら出さなくて……。……これが類の為に必要だって言っていた帝王学の結果なのか……って。私には理解できなかった。だからそのまま類を連れ出して宮古島の別荘へ行ったの。あそこならのんびりと過ごせるだろうし、傷ついた類の心を癒してあげたくて何度も類にバイオリンを聴かせてあげた』

 お母さんは思い出して悲しくなったのか、目頭をハンカチで押さえながら話を続けてくれた。
『類もそのうちバイオリンに興味を示し始めたのを感じたから、一番小さい分数バイオリンを用意して……そうしたら少しずつ表情が戻ってきて、ここに連れて来たのは正解だって思った。でも3ヵ月くらいで開さんが迎えに来たの』
『……?』

『これ以上、類の勉強を休むわけにはいかないって……。それに私も自分のバイオリンをほったらかにして宮古島へ来たから、向こうの世界へ戻りたいのならもうドイツへ帰らなきゃいけない時期だった』
『……』
『バイオリンと類。どちらかを選ばなくちゃならなくなって……でもどっちを選んでも後悔するって分ってた』

 ……お母さんがバイオリンを好きな事はもう何度も聞いて知っているし、けど花沢類が心配だって話も何度も聞いた。
 それなのに、どっちかを選べ……だなんて。

『類を選んで……それでいつか選んだことを後悔して……我慢できなくて類に八つ当たりするような母親になるくらいなら、バイオリンを選んでバイオリンに当たる方がいいって思ったの。……だから私はドイツへ戻った。……類が私に捨てられたって感じてしまっても仕方がないって思ってるわ』
『捨てた……だなんて、花沢類は一度もそんな事話してないです』
 きっと考えてもいないと思う。
『……牧野さん』
『花沢類はちょっと照れくさそうに笑ってたもん。宮古島でお母さんにバイオリンを教えてもらったことを思い出した時。とても嬉しそうだったから……』
『……ありがとう。……牧野さん』
 お礼を言って笑ったお母さんの笑顔は、花沢類の少し照れくさそうに笑った顔とよく似ていた。

 そこまで話したら、あたしのバイト時間になってしまった。
 お母さんも明日開催される名古屋での公演の為に、今日中に移動をしなければならないらしい。
『今日はありがとう。またお話しましょう』
 と言って、お母さんは「ストライプ」を出て行った。





「……」
「……」
 あたしがお母さんに会った日のことを話終えると、背もたれになってくれている類は黙ってしまった。

 あたしもあの時泣いていたお母さんの顔を思い出し、胸が苦しくなる。
「お母さんはずっと類の事心配してた。類はお母さんが自分の事を何とも思ってないってそう感じてるかも知れないけど……あたしから見ると、類の事が大事で心配でたまらないって感じだったよ」
「……そうかな」
「思い当たる節ない?」
「……たしかに心配だ……とは連呼されたよな。つくしと一緒に会いに行った時……。俺の女性関係の心配だとか、つくしにフラれるんじゃ……とか……。余計な心配ばっかり」
「あはははっ」
 類の嫌そうな声音に、あの時のお母さんとの会話を思い出して笑ってしまう。
 あれがあたし達の起爆剤になったかも知れない……なんて事は黙っておこう。
 なんか拗ねそうだし。

「……あたしね、思ったんだけど。お母さんを味方に出来ないかな……って」
「……どういう事?」
「賛成も反対もしないって言っていたけど……本音は違うって思う」
 あんなに類の事を心配してたんだもん。
 一緒に暮らしていなくても、類の事を誰よりも大事に想っていた。
 お母さんがバイオリンの世界へ戻ったのだって、類を捨てたんじゃない。
 自分がいることで類の後継者としての勉強の妨げになったらダメだからだって思っての行動だってあたしは思う。
「お母さんは誰よりも類の幸せを願っているんだって、あの時一緒に話をして感じた」
「……」
「だから、類のこうしたいんだって気持ちがお母さんに伝われば、きっと賛成してくれるよ」

 あたしは上半身を動かし、類の顔を見た。
 ビー玉のような瞳が真っすぐとあたしに向けられている。
「……つくしはそう思うんだ」
「うん」
 返事をしたあと、類の首に腕を回して抱きつくような体勢になってから、
「あとね……。類がお母さんに紹介した人が、あたしが初めてだって教えてもらってすごく嬉しかった」
「……」
「ありがとう」
 そう言って類の唇に軽くあたるキスをすれば、
「ん」
 と返事をした類が、キスを返してくれた。


「つくしって……俺を煽るのホント上手だよな……我慢も限界……」

 唇が離れたら、類のそんな呟きが耳に届いた。




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find a way 43

2017.08.13 (Sun)
 

つくしside (回想)

 あたしがまだ高校3年だった時、学校を出た所で呼び止める声が聞こえた。

『牧野さん』

 聞き覚えのある声に振り向けば、目の前には昨夜初めて出会った花沢類のお母さん。
 バイオリニストの花沢里香子さんが立っていた。

『……え?』
 目を丸くしたあたしに、
『お茶をしましょうって約束したでしょ』
 と、お母さんは笑顔で話す。……それって今日だったの? あれは社交辞令じゃなかったの?
 なんて言葉は言えなかった。

 お母さんの後ろには黒の背広を着たSPらしき人物が2人。
 昨日会った、マネージャーさんの石川さんの姿は見えなかった。
 あたしの視線に気づいたお母さんは、
『ああ、後ろの人は空気だと思ってね。開さんが心配してあたしが1人で歩く時はつけてくれているの』
 「開さん」と言うのが、花沢類のお父さんだという事は昨日知ったが、ふわりと優しく笑うお母さんに、
『はい……』
 としか、返事ができなかった……。

 ……てか、無理でしょっ。
 空気……って、そんなの思えるかっつーの。
 そこにいるじゃんっ。
 目の前にっ。
 花沢類みたいに背が高い、しかも鍛えているせいか筋肉ムチっとした肉体なのが、背広を着ていてもわかるし……。

 ……この感覚、やっぱり金持ちだ……と思った。


『さ、行きましょ。どこかいいお店知らない?』
『……えっと……』
 悩んだ末、あたしはバイト先の喫茶店「ストライプ」へ連れて行った。



『あれ、つくしちゃん。今日は随分早いな』
 店のドアを開けるなり、客を案内しに来た店長が話しかけてきた。
『バイト時間までお茶を飲もうかと思って』
『ああ、そういう事か。……どうぞ、お好きな席へ……って、花沢里香子!?』
 店長の驚く声に、あたしは「うわ……お母さんって有名人?」って思っていると、
『はじめまして。どうぞよろしく』
 とお母さんは優雅に挨拶をしていた。
『どうぞ、どうぞっ。……つくしちゃん、奥の一番いい席へ案内してあげて。今空いてるから』
『……はい』
 最後のつくしちゃん……からは小さく耳打ちされた。
『あ、あとサインもっ』
 ……サ、サイン?
『……聞いてみます……』

 店長ってお母さんのファンだったわけ?
 じゃ、昨日のコンサートへも行ってたのかな……。
 いろいろ訪ねたい気持ちが沸き起こるが、取り敢えずお母さんを店長おススメ席へ案内した。
 6人席の大きめテーブルに、胸くらいの高さにあるレンガ作りの仕切りの上に鉢植え観葉植物が置かれていて、ちょっとした独立空間になっている。
 いつもは4人以上で来店した女性客が陣取ってしまい、ガールズトークに花を咲かせてしまえばなかなか空かない人気の場所なのである。
 SPの2人は観葉植物のすぐ横にある2人用テーブルに座った。
 聞こうと思えば会話が聴ける距離に、あたしの視線はどうしてもそっちに行ってしまう。

『……気になる?』
『はいっ。……って、あ……すみません……』
 里佳子さんはそんなあたしをただ優しく微笑んで見ている。
 道明寺のお母さんとは全然違う雰囲気に、あたしの意識は目の前のお母さんに移った。
『私もね。最初は気になって仕方なかったのよ』
『……そ、そうですよねっ』
 気になるよね。ずっとついて回られたら……。
 ゆっくり1人にもなれないって事じゃんっ。
『でも類もそのうち牧野さんにつけそうな気がするわ』
『へ? 何を?』
『SPを』
『SP? あたしに?』
 花沢類が……?
 いやいやいや……。あり得ないからっ。
 お母さんみたいに美人でバイオリニストなんて肩書も持ってないし……。大体あたしなんてそこら辺にいる庶民だし。

『昨日の類の様子を見てたら絶対そうするわ』
 あたしは心の中で否定していたけど、お母さんには自信満々な声で断言される。
『……』
 ……そうなのかな。
 お母さんのSPって、心配した花沢類のお父さんがつけたってさっき言ってたよね。
 花沢類曰く、お母さんにベタ惚れなお父さん。
 ……お母さんから見たら、花沢類もそういう風に見えるって事なのかな。
 ……ホントに?

 ってか、お母さん何の用で来たんだろ……。
 あたしと花沢類の事に関しては「賛成も反対もしない」って言っていたけど、あたしにだけこっそり「別れてくれ……」って言いに来たとか?
 ……。
 ……あ、ありえる。
 違う人だって分かってるんだけど、どうしても道明寺のお母さんとのことを思い出してしまう……。


 あたしが自分の殻に閉じこもって考え込んでいると、店長自らが注文を聞きに来た。

『牧野さん、このお店のおススメはある?』
『え?』
『さっき言ってたバイトって、ここでしてるんでしょ?』
 店内に入ってきた時の店長との会話で、ここがあたしのバイト先だってお母さんには分かったみたいだった。
『はい……。じゃ、えっとあたしはカフェモカが好きなんですが……』
『それじゃ、カフェモカを2つお願いします』
『畏まりました』
 と店長は返事をしたあと、あたしの方をチラッと見た。
『……?』
 首を傾げると、店長は訴えるような目付きに変わる。

 ……あ。
 サインっ……。

『あの、お母さん……サインって貰えますか?』
『ええ。もちろん』
 笑顔で返すお母さんの前に、店長はどこから出したのかパンフレットとサインペンをテーブルの上に置いて、
『これに「広司君へ」でお願いしますっ』
 と言い、コーヒーを作りに戻ってしまった。

『『……』』

 机の上に置かれたパンフレットをよく見ると、表紙にお母さんの写真が載っていて公演日……のところに、日本公演の日付が書かれていた。
 やっぱり店長も昨日フラワーホールへ行ってたんだと思うと、無言でテーブルの上を眺めてしまう。
 先に口を開いたのはお母さんだった。

『……サインって、牧野さんが欲しいんじゃないの……ね……?』
 確認するようにいうので、
『すみません。……店長がファンみたいで……。あたしも今日初めて知ったんですが……ダメですか?』
 と恐縮しながら伺いを立てる。
『いいのよ。……ちょっと……ビックリしただけ』
 と言いながらペンを手に取り、サラサラっとサインを書いてしまった。

 ……。
 ……読めない。
 芸能人のサインと違い、普通に名前を書いているようなんだけど……。
『これ、ドイツ語で書いたのよ』
『ああ、なるほど。だから読めなかったんだ……って、何で考えている事が分かったんですか?』
『何でって……。牧野さん声に出して「読めない」って言っていたから。サインはドイツ語で書く事にしているの。それに広司君って漢字も分からなかったしね』
 どこか悪戯っぽく笑うお母さんに、あたしは心の声が漏れたことに対してか、ドイツ語が読めなかった事に対してか……とにかく恥ずかしくて顔の温度が上昇して行くのを感じた。
 ってか、ドイツ語が読める日本人の方が少ないでしょっ。
『ふふっ……。牧野さんって面白い方ね』
 さっきと同じように優しい笑顔で返すお母さんも、出会った頃の花沢類のように掴みどころがない人だな……って感じた。

 少しして店長がカフェモカを2つ持って、テーブルへやって来た。
 サインを見て頬を染めながらお礼を言う店長に、「いつもの店長じゃない……」とあたしだけでなく、この時間帯のバイトに入っている人全員が思ってしまった。


 カフェモカを一口飲んだお母さんは、
『あらためて、昨日は来てくれてありがとう』
『あ、いえ……。素敵な演奏をありがとうございました』
『類が私の所に誰かを連れてきてくれたなんて初めてで、……私ったら舞い上がっちゃって失礼な事を言っちゃったけど許してね』
『……初めて?』
 ……そうなの?
『そうよ。知っていると思うけど、ずっと離れて暮らしていたから。……類の交友関係とかは家の者から聞いたりして知っているけど、紹介されたのは牧野さんが初めてよ』
 ……あ、なんか嬉しい。
 あたしが初めてだなんて知って……。
 昨夜、寝る前に散々花沢類と話し合って、ずっと心に引っかかっていた棘みたいなのを取ってもらったのに。
 こんな知らない所でも嬉しい出来事があったなんて。

『ふふっ。……その様子だと、類がフラれる心配はしなくて平気そうね。昨日は違ったみたいだけど、類とは付き合う事になったの?』
『……はい』
『私がいい具合に起爆剤になれたようで良かったわ』
 ……?
 起爆剤って……?
 もしかして、昨夜会った時に静さんの話とかを持ち出したのはワザと?
 確かにあれで今まで胸に溜めていた不安が爆発した感じになっちゃったんだけど……。
 それで花沢類も同じように、道明寺に嫉妬しているって話してくれて……。

 ……。
 つまりお母さんの手の上で踊らされた? って事?

『からかったんじゃないのよ。本当に心配だっただけ』
『……』
『類は私がそう思っているだなんて気付いてないようだけど……。だからね、今回牧野さんを紹介してもらえて本当に嬉しかったのよ。……それと……あなたの前で藤堂さんの話をしてごめんなさい。類がどれだけ本気なのか知りたかったの』
 話しながらお母さんの顔色はどんどん曇っていく。
『……いえ……』
『牧野さんも藤堂さんの事知っているのよね……。その話をした時、顔色が変わったもの』
『はい……。英徳に通ってたら、知らない人はいないから……』
『嫌な思いをさせてわよね。ごめんなさい』

 ……あたし達の交際に反対じゃなく、本当に心配だっただけ?
 その事を言いたくて今日あたしを訪ねてくれたの?

『あの、気にしないで下さい。花沢類……さんともちゃんと話したし、……あたしずっと静さんには敵わないってコンプレックスがどうしても拭えなくて……でもそれも花沢類が好きだからなんだって逆にバネにしましたから。あたし雑草並みに強いパワーを持ってるんで……って、ああぁぁ話過ぎたっ』
 は、恥ずかしい……。
 曇ってしまった顔をもう一度笑顔にさせてあげたいって思っただけなのにっ。
 お母さんに向かって、花沢類が好きだって宣言しちゃったよ……。
 あたしは耐えきれずにテーブルに両肘をついて、顔を掌で隠した。

『ふふふっ……類も牧野さんといると楽しいのね』
 と正面から笑っているお母さんの声が聞こえてくる。
 ってか今「も」って言ったよね……。「類も」って……
 いたたまれなくて顔を隠したままでいると、笑いを引っ込めたお母さんは、
『……もう1つ謝らなくてはいけないの』
『……?』
 何?
 掌をどかしてお母さんの顔を見ると、笑ってはおらず先程と同じように少し曇った表情をしている。
『牧野さんと話がしたくて、あなたの事を勝手に調べたの』
『……っ』
 ああ、そういう事。
 もう調べる……とかは、道明寺の時に経験したから今更驚いたりはしない。
 英徳学園に通っているって事も、きっと調べたから今日待ち伏せをしてたんだろうし。

『類が開さんよりも先に私に会わせてくれた意味がよく分かったわ』
『……え?』
『昨日も言ったけど、私は2人の事を賛成も反対も出来ないから、あなた達の力にはなれない……だけど類にあなたを紹介して貰ったことは、とても嬉しく思うわ』
 お母さんの笑顔には申し訳なさそうな感情が混じっている。
『……あの、なんで賛成も反対もしないんですか?』
 昨夜、花沢類に聞いた話をもう一度お母さんにも訪ねてみた。
 ……もしかしたら違う答えが聞けるかもしれない。
 だっておかしいじゃん。
 自分の息子の将来の事に口を挟まないだなんて……。
 花沢類の事を信じているから、口を挟まず賛成する……とかなら分かるけど。

『……それは、……私が口出しできる立場じゃないからよ』

 でもお母さんの答えは、花沢類が教えてくれた事とあまり違わなかった……。





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find a way 42

2017.08.11 (Fri)


 夜、就寝前に防音室でバイオリンを弾いていたら、温かい紅茶を持ってきたつくしが入ってきた。
 そのまま弾いて……と目が言っていたので、音を奏で続ける。
 つくしは大学受験の時に使っていた勉強机の上に、持ってきたカップを乗せバイオリンに耳を傾けた。

 そして一曲弾き終えた俺に、つくしは首を傾げながら聞いてくる。
「類、どうかした?」
「……え?」
「なんか……バイオリンの音がいつもと違うような……。うまく言えないけど……」
「……っ!」
 鋭いつくしのツッコミに俺は目を見張った。 

 ……やっぱりつくしって耳いいよな……。
 確かに今日は全然バイオリンに集中出来ていない。
 いつものように、俺の中で音が躍り出さなかった。


 俺はバイオリンを弾くのを止め、つくしの正面に腰を下ろした。
 そして用意されたカップを手に取り、少し冷めた紅茶を一口飲む。
「……これ、花沢の?」
「わかった? 今日ね、小包が類のお母さんから届いて……あっ。あたし宛だったから開けちゃったんだけど、中に紅茶の葉が入ってたの。宮古島の「エトワール」に送っているのと一緒のやつなんだって」
「そう……。美味しい」
「よかった」
 つくしは嬉しそうに報告してくれ、俺の言葉に笑顔で返してくれる。

 母さんとつくしの仲は良好だよな。

 ……今日は失敗した。
 父さんとの話にイラっとして、投げ出すように部屋を出て行ってしまった。
 しっかりつくしの良さを話して、理解して貰うつもりだったのに……。
 頭からつくしの事を理解しようとしない態度に、冷静さを失ってしまった。

 ……どうしたらいいんだろう。
 つくしに直接会わせる?
 けど、司の母親がしたように、父さんがつくしを傷つける発言をしないという保証はない。


「……類?」
「ん?」
「何かあった?」
「……」
 心配そうに俺を見つめるつくしをジッと見ながら、俺はこのまま誤魔化すか……正直に話すか……で、悩んだ。


 手にしていたカップを机の上に置き、俺はつくしの背中側へ移動した。
「……類?」
 不思議そうにするつくしを、後ろから抱きしめるように腕を伸ばしお臍の辺りで手を組む。。
 そしてオデコを軽く肩の上に乗せ、つくしの体温を感じた。


「……今日、父さんが会社に来た」
「……っ」
「……ごめん。つくしの事分かってもらおうとしたけど、上手く話せなかった……」
 悩んだ末、俺は隠さず話す事にした。  
「いいよ。……ゆっくり分かって貰えれば。あたし達まだ学生だもん」
 そう言いながら、つくしは俺を背もたれにして体重を預けてきた。
 彼女の重みが気持ちいい。
 何てことない……みたいに話すが、今の俺の報告を聞いてショックを受けたりしてないだろうか。

 俺は自分に置き換えて考えてみた。
 つくしの両親が俺との結婚に反対……。明るく笑顔で迎えてくれる……あの笑顔がなくなり、冷たい眼差しに変わる。
 ……。
 ……結構堪えるかも。


「類って、あたしのお腹触るの好きだよね。……もしかして赤ちゃんが早く欲しかったする?」
「……え?」
「あ、まだいないからねっ」
 少し焦ったように妊娠はしていないと付け加えるつくしだが、どうやら俺が無意識につくしのお腹を撫でていた事からの発言らしい。

「……触るのが好きかって聞かれたら、好き。……ずっと触っていたい。……お腹だけじゃなく、胸とか背中とか」
 どこもかしこも……。
 言いながら右手を移動させ、胸を優しく掴む。
 お腹と同じく、柔らかい感触。
 強いて違いを言えば、お腹は「プニ」で胸は「モチ」って感じ?

「……っ」
「太もも好き。つけ根のとこにキスすると、いつもつくしの体がビクって反応するのが可愛い」
 左手はつくしの足と足の間へ持っていき、うち太ももを撫でた。
「あと耳も弱いよな」
 耳元で囁くように声を出して耳朶にキスをすると、体を揺らしながら何度も反応する。
「……っ。……類」
 俺のキスから逃げるように、つくしの体が少し横に傾く。
 膝を立てつくしが逃がさないよう固定してから、胸を触っていた手で優しく突起を転がす。
 またビクンと腕の中でつくしの体が揺れた。
「んっ……。……まっ……って」
 ……待てない。
 俺は舌を使って、耳への攻撃を強めた。
「あっ、……る……いっ」
 俺を呼ぶ声が耳に心地よく届く。
 その声に煽られ、頭の中が熱に浮かされていった。
 つくしの体温も上昇していくのがわかる。
 胸の突起を弄っていた右手でパジャマのボタンを1つ、2つと外していくと、

「お願……い……。まっ……て……。類っ……待って!」

 つくしの「待て」の言葉に、ボタンを外した隙間から入れようとしていた手を止め、太ももを撫でる手も動きを止めた。
「……ここで、するの?」
 顔をこっちに向けたつくしは、潤んだ目をして下から覗き込んでくる。
 その目を見て瞬時に我に返った。

「……いや……。ここ、防音室だし……」
 声は漏れないだろうけど、鍵もかからない。
 ……そうじゃなくて、進のいる場所ではやらないって決めていたのに。
 この時間はもう自室に籠っているはずだが、いつトイレなどで廊下を通るか分からない。

 ……ヤバ……。ちょっと暴走してた。

 俺はまだ熱を持った頭の中で必死に整理していく。
 お腹を撫でてたんだ、最初は。
 無意識にだけど。
 それがちょっとイジメたくなって、体をあちこち触っていったのが間違いだった……。

 ……えっと何の話してたんだっけ?
 ああ、そうだ。
「赤ちゃんは欲しいよ。授かりものだっていうし、いつでも歓迎。けど……我儘を言うならもう少し待って欲しいかも。俺が社会人になって、つくしと生まれてくる赤ちゃんを食べさせていけるようになった時がいい」
「……類」
「つくしは?」
 俺が動きを止めた手をもう一度お臍の辺りで組み直せば、つくしは外れたパジャマのボタンを留めながら、
「あたしも……。もう少し先がいいかも」
 と、自分の考えを口にした。
「ん……意見が一緒でよかった」
 つくしなら出来た赤ちゃんをすごく可愛がりそうだ。
 そんな姿も早く見てみたいな……。

「欲しいけど……ちゃんと類のお父さんにも「おめでとう」って言われたい。……あたしの我儘なのかもしれないけど」
「普通の事でしょ。誰だって親に「おめでとう」って言われたいと思うもんじゃない?」
「けど、類なら言われなくても平気そう……」
 もう俺の家族について把握しているつくしの言葉に俺は苦笑いが出た。
 確かに今までの俺なら、父さんや母さんに祝福されなくても特に気にならなかったと思う。

「それさ……さっきちょっと想像してみたんだけど、俺つくしの両親には「おめでとう」って言ってもらいたい気がしてるんだよね」
「あたしのパパとママ?」
「そ……。2人が俺達の結婚に反対して、アパートへ遊びに行っても今までみたいに俺の事を笑顔で出迎えてくれない……なんて思うとすごく寂しい気持ちになった」
「……」
「だから俺達の結婚、俺の父さんにも祝福されたいって思ってる」
「類……」
 俺はお臍辺りで組んでいた手に力を込めた。
「……まだ時間はかかりそうだけど……ごめん」
「謝らなくていいよ。一緒に説得しよ」
 つくしの優しい言葉に、今日の父さんとの会話でささくれ立ってしまった心が癒されていく。
 ボタンを留め終えたつくしは、手を俺の手の上に重ねた。
「大丈夫だよ」とでもいうように、ポンポンと叩いてくれる。
 だから俺はまだ話していなかった、両親の話をつくしにしようと思った。

「……俺の父さんと母さんって、周りから反対されて結婚したんだ」
「……?」
「母さんってバイオリンをしてるけど、お嬢様ってわけじゃなくて普通の家で育ったんだ。音大も高校生までにとったコンクールの賞のおかげで特待生として通ってた」
「……」
「だから自宅から1時間以上もかけて大学に通っている母さんの姿を見て、もう当時から母さんにベタ惚れだった父さんが大学近くのこの場所にマンションを建てたんだ」

 普通の家庭で育った母さんと結婚した父さん。
 俺は父さんには厳しく育てられた。
 会社の後継者としての人物になれるため……。
 母さんはそんな俺をただ見ていた。これがこの家に生まれた子供の宿命だというように……。
 どんなに父さんに厳しくされようが、俺の教育に何一つ口を挟まなかった。

 ……だから結婚も。
 思った通り母さんは賛成も反対もしないと言った。
 でも母さんが黙っているのと違い、父さんは何か言ってくるって分ってたのに……。
 一般家庭で育った母さんと結婚した父さんなら、きっとつくしを知れば俺の気持ちも分かってくれると思って、どこか楽観していた。


「その話知ってる」
「……え? ……ああ、前に話したっけ。このマンションの事」
 母さんのために父さんが建てたって……。
「あ、うん。それも聞いたけど、お母さんがお嬢様じゃないって話」
「それ、話したっけ?」

「類からじゃなく、お母さんから聞いた」

「……いつ? 手紙とかに書いてた?」
 つくしが母さんと文通みたいなのをしてるのは知ってる。
 『大学合格おめでとう』っていう、カードが届いてお礼の手紙を書いていたのをきっかけに、母さんからつくしに手紙が届くようになっていた。
 今回の紅茶も俺宛じゃなくつくし宛で届いたみたいだったし。

「ううん。手紙じゃなくて……あたし高3の時にお母さんの演奏を聞いた次の日、お母さんと会ったんだ」




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