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種と蕾の先へ 58

桃伽奈



※ 今回は最後の部分にグロテスクなシーンを連想させる話が入っております。
  柔らかい表現になるよう努めましたが、苦手だと感じられる方はラスト10行ほど読み飛ばして下さい。




つくしside

 花沢類があたしを追いかけてくる。

 あ、足早い……。
 こっちは全速力で走ってるっつーのにっ!
 マズい……このままじゃ追いつかれる。


 どんどん近づく気配に、廊下の先に見えた階段を下りることにした。
 2段飛びで下れば時間が稼げるかもって思ったら、花沢類は3段飛びで降りてくる。

 コンパスか……。
 コンパスの違いか……。

 なぜか悔しくなり、1階まで降りるとまた廊下を走り出した。
 真っすぐの直線は不利だ。距離が縮まってしまう。
 どこか逃げる道はないかと探していると、一か所廊下の窓が開いている場所を見つけた。
 胸よりも少し高い位置にある窓だ。
 普通の人が飛び越えるなら至難の業かも知れない。今度こそ時間稼ぎが出来ると思い、あたしは窓枠に手をつき勢いよくジャンプして飛び越えた。
 いつだったか道明寺さんと美作さんが生徒に囲まれていた中庭へ出てから、チラっと後ろを見ると彼は楽々と窓を飛び越えているところだ。

 ……!!
 そうだよね。背高いもんね……。
 女性には高いと感じるような高さでも、あたしより20㎝は高い彼の身長ならそこまで高さは感じないかも知れない。
 それに足の速さといい、花沢類は身体能力が高いんだと思う。
 焦りながらも冷静に分析すると、再び悔しいって感情が芽を出す。

 これはもう走り切って逃げるしかないっ。
 あたしより先に向こうのスタミナが切れるのを願い走り続けたが、部室棟へ行く途中にある回廊の所で腕を掴まれた。
 グイっと引っ張られる感覚に動かし続けていた足が止まり、花沢類の腕の中に納まる。


 ……。
 ……に、逃げ切れなかった。
 捕まった。

「……足、……速いね」
 頭の上からは息を切らした呼吸が聞こえてくる。
「……花沢類も……」
 あたしも肩で息をしながら答えた。

「……ははっ、……あはははっ!」
「……っ!」
 なに!?
 まだ息が整わず、苦しそうなのに花沢類は何故か笑い出した。
「こんなに……走ったの初めてかも……牧野に会ってから走ってばっかだ……」
 あたしと会ってから……って。
「体育祭のリレー?」
 思い当たるのは、最後の競技のリレーだ。
 キレイなフォームで見惚れてしまっていた。
「ん。……それ以外でも……」
「それ以外?」
 って何だろうって思うが、花沢類が腕に力を込めるから、胸が大きく鳴り響く。
 呼吸を整えようとしても、これじゃ落ち着かない。

「に、逃げないから離して」
「……」
「……」
 お願いしたけど花沢類は黙ったまま腕の力を緩めてくれない。
 逃げないって言葉、信じてもらえてない?
 でも逃げたって足の速さが違うんだから、きっとまた捕まる。
 それは花沢類も分かっているハズなんだけど……。

「……話、したい」
「……っ!」
 ずっと沈黙していた花沢類の言葉を聞いて、今度はあたしが黙ってしまった。
 ……話。
 昨日からずっと考えていた事だ。

 抱きしめられている腕から、花沢類の体温を感じる。
 それが嬉しくて、なぜか泣きそうになった。
 この温もりをずっと感じていたいという気持ちが沸き起こる。
 仕事の事。
 彼女の事。
 全部話して……話を聞いて……それでもまだこの温もりをこうして感じることができるのだろうか……。

「……牧野?」
 首だけ動かすと、花沢類もあたしの顔が見えるように首を動かした。
 ビー玉のような瞳を前にすると、嘘がつけない。
 逃げたあたしを捕まえた花沢類。
 美作さんにはあたしから歩み寄れって言われたのに、彼から歩み寄ってくれた。
「うん」
 本当の事を話して、聞いて、例え傷ついても……全部正直に話そう……。
 花沢類には「聞く」覚悟があるんだと感じた。
 だから、あたしも……。

「うん。……話をしよう」

 道明寺さんの家でも同じ言葉を口にした。
 もっとお互いの事が知りたい。
 話をしようって……。

 でもお酒が入った体は重くて、あたし達は話の途中で寝てしまった。


 今日はあの時の続きを……。

 あの時、話せなかった事全部……。





 あたし達は邪魔が入らないように、場所を非常階段に移した。
 2人並んで階段に座ると、青い空が視界に入る。
「寒い?」
「ううん。平気」
 10月に入り2週目になった。
 肌寒く感じる日もあり半袖はもう卒業したが、緊張からか外の風に当たっていても寒さを感じない。
 でも手は冷たく感じるから膝の上で握ると、花沢類の左手が重なった。
「……」
「……」
 あたしと同じように少しひんやりとして冷たい手。
「緊張してる……?」
「ん」
 あたしが聞くとギュッと握り返してくれるので、右手を彼にあずけお互いの体の間で手を繋いだ。


「牧野に……聞きたい事が沢山ある」
「……うん」
「何から聞けばいいか……」
 花沢類があたしに聞きたい事……。
 昨日美作さんが言っていたパパの仕事についてかな……。あと何故体が弱いなんて嘘をついているのか……。
 そのどちらも結局は仕事に繋がる事なんだって思った。

 あたしが覚悟を決めていると、暫く考え込んでいた花沢類が口を開いた。
「前、牧野が言ってた……俺は俺で親は親ってやつ。それって牧野自身にも言える事?」
「……? うん」
 昨日も美作さんに言われた事だ。
 それがどうしたっていうんだろう……。


「……牧野は何で英徳を受験したの?」
「それは、ママが卒業した学校だから興味があって」
 この話、花沢類にはしていなかったっけ?
 あたしの返事に暫く考え込んだ花沢類は、「……そ」と答えて次の質問をしてきた。
「父親が死んだ時の事覚えてる?」

 ママの次はパパ……?
 あたしは首を傾げながら正直に質問に答えた。
「うん。5歳だったけどその事は覚えているよ」
「何で亡くなったの?」
「車の交通事故」
「その現場に居合わせた?」
「あ、ううん。それは人から聞いた。あたしはその時保育園にいて、明け方になって進と一緒に病院へ行ったの」
「進?」
「2歳下の弟」
 夜間の保育園にいる時だった。
 いつも迎えに来てくれる時間になってもパパが来なくて、先生は「今日はお迎えが遅くなるって連絡があったから寝ながら待ちましょうね」って言っていた。
 けど、あたしは何故か目が覚めて眠れなかった。
 そしてその夜は迎えに来てくれず、明け方になり青い顔をした先生が布団の中にいるあたしと進を起こしに来た。

 あたし達は迎えに来てくれたパパの会社の人に病院へ連れて行かれた。
 そこでは窓がない部屋に、パパは息もせず寝ていた。

 あたしがその時の事を覚えている限り話すと、「じゃ、牧野は父親の亡くなった時の姿を見てるんだ」と確認してきた。
「うん」
「交通事故ってどんな?」
「……え?」
「自損事故? 対向車とぶつかった? それとも歩行者と車?」
「え……さぁ……。知らない」
 交通事故だっていうのは知っているけど、どんな事故だったかなんて聞いていなかった。
「……よく……事故で亡くなった遺体は……」
 言いにくい事なのか、そこで花沢類は一旦言葉を区切った。
「……?」
「……」
「……花沢類?」
「……傷が付いているって聞いたけど、牧野の父親はどうだった?」

 ……。
 ……傷……?
 そうだ……。事故で亡くなったなら、体自体に強い衝撃があった可能性が高い。
 どこかにぶつけたなら傷口があり、そこから血だって流れるだろう。
 ……でもパパは……。

「パパの遺体にはそんな傷なかった」


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Posted by桃伽奈

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