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種と蕾の先へ 60

桃伽奈



つくしside

 杏子さん……。
 花沢類のよく知っている口ぶり。
 親しい人……。

 浮かんでくるのは、先日の年上の女性。


 思い出すと頭が重く、考えるのを拒否しようとする。
 握っている手にもう一度力を入れると、しっかりと握り返してくれた。
 今、手を繋いでいるのはあたしだ。
 その事に勇気を貰い、思い切って聞いてみた。

「杏子さん……って誰?」
「俺に秘密基地をくれた人」
 勇気を振り絞って聞いたのに、花沢類からは何でもない事のように返された。
「秘密基地……?」
「前にさ、家に帰ってないって話しただろ」
「うん」
 道明寺さんの家に行った時、「家に帰ってこい」って電話がお父さんからあった時の話だ。
「俺はずっと家が好きじゃなかった。……父さんともあまり仲良くなくて……。それを心配して母さんの妹の杏子叔母さんが逃げ場所を作ってくれた」
 花沢類の叔母さん?
 花沢類はその人の甥……。

 ……あれ?
 それって……つまり……。

「学園の理事長!?」
「そ。この前非常階段で一緒にいるところを見ただろ」
 見た。
 親しそうな雰囲気に、あの場面を思い出すとずっと胸が苦しかった。
 誰も好きにならないと言った花沢類が、心を許しているように見られる女性。
 そっか……。あれは理事長だったんだ。
「今度牧野も招待するよ」
「招待って? 秘密基地に……?」
「そ。興味ない?」
「あるっ!」
 行きたいと元気よく返事をすると、花沢類がふわりと笑った。
 ドキっと胸が大きく鳴るのに、花沢類は少し遠い目をして空に視線を移した。


「あの日はさ……。……非常階段で杏子さんに怒られたんだ」
「……?」
「この前の日曜日、母さんの命日だったのにお墓参りに行かなかったから。それに最近は家にも帰らず秘密基地に入り浸ってるし……」
「……」
「俺の母さんの死因は牧野も知ってるだろ」
「うん」
 ネットに載っていたニュースを見せてもらった事がある。
 車の中で不倫相手と一緒に練炭自殺。
 ……。
 ……!
 ……車……!?
 この前の日曜日って……パパも日曜が命日だった……。
 お母さんの不倫相手って事は、当然相手は男性だよね……。

 合わさる単語に、あたしは嫌な予感がし出した。
 そんなはずないって頭で否定しようとするが、空を見ている花沢類はいつの間にか感情を表さない顔に変わっている。

「牧野の父親と俺の母親は、同じ年の同じ日に亡くなってる」

 ……っ!

 ……それってつまりは……。
 花沢類のお母さんの不倫相手がパパ……?

「で、でも……。あのニュースには相手男性の名前が載ってなかった……」
「椿姉ちゃんが相手男性の名前を知ってた。「牧野」だって教えてくれた」
 頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
 パパが……?
 不倫?
 違う。それはパパじゃない。
 だってパパは仕事中に……。
「ヤスもヒロも事故だって……」
 
『あの日ハルは1人で単独行動をしていて……』
 先日のヒロに教えてもらった言葉を思い出した。
 1人で行動をし、任務とは違う場所で事故にあったパパ。
 なんでパパがそこにいたのか誰も知らない。
 でも事故にあったのに、傷がついていないパパの遺体。
 その時一緒にいたのが花沢類のお母さんだとしたら……?
 自殺なら外傷がないのも頷けるけど……。

「……2人があたしに嘘をついているの?」
「まだ5歳の牧野に真実は話せなかったのかも知れないな」
「でも……でもパパは任務中で……パパが死んだと同時になのはな施設への潜入捜査が中止になって……。だから……任務に関係があるハズだから、ヤスとヒロはずっと原因を探してて……」
 信じられない……。
 へぇ、そうなんだって頷けないあたしは、知っている事を必死に並べて頭の中を整理していると、花沢類が「なのはな施設?」と聞き返してきた。
「……え?」
「それって青少年なのはな更生施設の事? イクイップメント広田が作った?」
「……うん。そうだけど」
 ……何?
 どうしたっていうの?
 花沢類が何故なのはな施設に食いつくのか分からず、あたしは首を傾げた。

「あそこで何を調べてたの?」
「何……って知らない。美作さんのお父さんから頼まれたらしいけど……。パパが何か秘密を掴んで、それで事故に見せかけて殺されたんだろうってヒロ達が教えてくれた」
 あたしが話すと花沢類は考え込んでしまった。
 でもパパが不倫していたなら、仕事とは関係ない事で死んだ事になる。
 ……そんなの……。
 ……。

「牧野、その話してくれたヒロって人にもう一度確認してみたら?」
「……!」
「牧野の父親が死んだとき、俺の母さんが一緒だったかどうか」
「……うん」
 そうだ。
 事故の事をもう一度詳しく聞こう。
 ちゃんと確認したら、花沢類のお母さんの死にパパは関わっていないって言ってくれるかも知れない。
 パパが不倫したりしていないって……。
 パパはそんな人じゃない。
 きっと呆れながら、そう言ってくれる。

 あたしはポケットからスマホを取り出し、いつも自宅に籠っているヒロに電話をした。
 スマホをタップする指は、かつてないほど緊張している。
 軽口をたたき合う家族のような人。
 遠慮なんてしない、時には考えなしに思ったままの言葉を発せるような相手なのに。

 けど真実が知りたい。否定して欲しいって気持ちがあたしに勇気をくれる。
 なのに呼び出し音が鳴っても相手は電話に出ず、コール8回目で留守電に切り替わり、あたしはメッセージを残さず電話を切った。
「出ない……」
「……そ」
 聞きたい時にすんなり行かないからか、沸々と怒りに似たものが湧いてきた。
「あたし、家に行く」
「……牧野?」
 あの引き籠りの事だ。絶対家にはいるはずなんだ。なら電話に出ないのはお風呂に入っているとか、寝ているからに違いない。
雨戸を閉めた昼夜関係ない部屋で一日過ごしているんだ。
 ヒロの体内時計は狂っているに決まっている。
「家に行って直接聞いてくる」
「俺も行っていい?」
 あたしが立ち上がると、花沢類も立ちあがって聞いてきた。

 ……花沢類も一緒に?

 いいのだろうか……。
 今まで友達をあの家に呼んだ事は一度もない。
 便利屋なんていって、決して表に立てる仕事をしているわけではないヤスとヒロ。
 そのアジトのような場所。
 連れて行ったら、絶対ヤス達は一言言うに決まっている。
 でも……。
 花沢類に隠し事は出来ない。
 彼の瞳を見るとどうしてもそう思ってしまう。
 知りたいって言うなら、全部知って欲しい。
 傷ついても傷つけられても……。

 あたしにはもうその覚悟は出来ているんだから。

「うん。いいよ」
 そう返事をすると、先に階段を一段下りた花沢類は「ありがと」と言って顔が近づいた。
 ……?
 ……あっと思った瞬間、あたしの唇に当たった花沢類の唇はすぐに離れた。

 そして先を歩いて非常階段を下りる後ろ姿を見て、覚悟があるのは花沢類も一緒なんだと感じた。





 校門から外へ出て、英徳学園の最寄り駅へ向かった。
 そこから電車を乗り継ぎ、閑静な住宅街の中を歩いて行くと、あたしが育った家が見えてきた。
「ここ?」
「うん」
 スマホを取り出し、アプリを起動して玄関のドアのカギを開ける。
 ガチャっと音が聞こえドアを開けると、玄関には腕を組み仁王立ちしたヤスが立っていた。


「おう、つくし。男連れで帰ってくるとはいい度胸だな」

「……ヤス」
 あたしは負けじとヤスの顔を睨んだ後、花沢類を玄関の中へ招きドアを閉める。
 オートロックになっているドアは、閉まると同時に勝手に鍵が掛かった。
 そして再びヤスの顔をジッと見る。
 どちらも無言で睨み合っていると、パンパン!! と手を叩く音が廊下の向こうから聞こえた。

「「「……っ!?」」」

 あたし達3人が音のした方に視線を移すと、廊下から仲裁に入るために手を叩いたヒロが姿を現した。
「つくし、おかえり」
 いつもと同じ笑顔のヒロにホッと息がつけた。
 家に帰ると出迎えてくれる顔。
 パパが亡くなってから、毎日この笑顔を見て育った。
「……ただいま」
 あたしが挨拶をすると、ヒロは満足そうに頷く。
「ヤスも威嚇しないの」
 窘めるヒロの言い方に、ヤスは「ふんっ」と顔を背けた。
 その様子をやれやれって感じで見た後、ヒロはあたしの横にいる人物に視線を移動させた。

「……君が花沢類君だね。いらっしゃい」
 あたしの時と同じ笑顔を見せ、ヒロは花沢類を歓迎した。


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Posted by桃伽奈

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