種と蕾の先へ 62
つくしside
花沢類のお母さんと一緒に発見……。
それってつまりは……不倫していた相手がパパって事……。
「……」
「……」
どんなことも聞く覚悟はあるって思っていたけど、実際に聞くとショックは隠せない。
パパが本当は自殺していたなんて。
花沢類が誰も好きにならないって言って、苦しんでいる原因は……。
信じたいけど、信じ切れない。自分が怖いと感じる……。
その苦しみの発端は全部、……あたしのパパのせい……?
「何で嘘ついたの? まだあたしが小さくて本当の事を話せなかったっていうなら100歩譲って許せるけど、この前聞いた時に本当の事教えてくれたっていいじゃん」
あたしは腰を少し浮かせた状態になり、掴みかかる勢いで2人を問い詰めた。
「嘘なんてついてないよ」
「だって事故じゃないんでしょっ。自殺なんでしょっ」
言ってて目に涙が溜まって来た。
これは何の涙?
嘘をつかれたから? それとも真実を知ってしまったから?
花沢類に申し訳ないと思う気持ち……?
行き場のない思いが、体の中を巡っている。
そんなあたしの様子を見たヒロは、ゆっくり自分の考えを口にした。
「ハルは自殺するような人じゃない。仕事と育児に疲れて……なんてとんでもない。小さい頃のつくしは、ハルの事を覚えているって話していたけど、今でもまだ覚えている? 一緒に帰った保育園からの帰り道、ハルは死にたそうな顔してた?」
「……え?」
パパが死にたそうな顔……?
言われてあたしは小さい頃の帰り道を思い出してみる。
進を背負ったパパと、手を繋いで帰った道のり。
見上げると月は満月でとても明るかった。
満月とあたしの間にいるパパ。
……どんな話をしていたっけ。
あたしが一方的に話して、それをパパが聞いていたような気がする。
……楽しそうに……。
「笑ってた……」
あたしの一日の報告を、パパはいつも笑って聞いていた。
あたしの呟きを聞いたヒロは、しょうがないなって感じにまるで小さい子供に諭すよう更にゆっくりと話し出した。
「それがつくしの記憶にあるハルでしょ? なんでそれを信じてあげないの。当時の事はネットを調べればいろいろ書かれていたのを目にするだろうけど……。ハルの事をよく知りもしない人が書いた文をつくしは信じるの?」
「……っ」
「類君もそう。つくしがこう言っているって事は、お母さんが不倫した上で自殺したって思ってるんでしょ?」
「……」
言われた花沢類は黙ったままヒロを見ていた。
2人の目が合うと無言のまま見つめ合うが、あたしは早く正しい答えを聞きたくてジッとしていられずに先を促した。
「ねぇ、それじゃやっぱり不倫も自殺も間違いって事なんだよね? パパと花沢類のお母さんが一緒に車内で死んでいたのも何か事情があったって事だよね?」
「だから事故だって言っただろうがっ。証拠はないし、警察は心中だって結果を出したがな。俺達は何か他の事情があるって信じてその原因を探している」
吐き捨てるようにいうヤスに、あたしはそうだよねっと心の中で頷いた。
花沢類の勘違いだよ。パパが自殺じゃないなら、お母さんだって自殺なんかじゃない。
何かの事故に巻き込まれただけ……。
……。
……でも何かって……何?
心中じゃないって結果が分かりホッとしたのもつかの間、新しい疑問が沸き起こる。
あたしが首を捻っていると、花沢類を見ていたヒロが話し出した。
「信じることは大事だよ。自分をね。類君のお父さんはお母さんの事を一度も悪くは口にした事がないんじゃない?」
言われて花沢類は「何でそう思う?」って顔をして、ヒロをジッと見つめ返す。
その視線を受けたヒロは、あたしに話した時のようにゆっくりな口調で語り出した。
「花沢開氏とは直接会った事ないけど……本やネットを見て、彼の人となりを見ているとそういう人だってわかるよ。類君のお父さんは、自分の信じた決断を貫き通す人だって」
「上がフラフラとブレてたら下に付く社員はついてこねぇだろうが。経営者なら当然だろ」
「そうだけど……。なかなか大変な事だと思うよ。花沢物産みたいな大きな企業になるとさ。自分を信じてついて来いって下の者を引っ張っていくのも」
ヤスのチャチャにもヒロは真面目に答え、花沢類のお父さん側の話を続けた。
「お父さんは疑ってないんだと思うよ。僕らがハルは自殺をするような人じゃないって信じているのと一緒で、お母さんが自殺をするような人のはずがないって」
「……」
「……」
ずっと黙って話を聞いていた花沢類が、口を開けようと動かしては止め……を2.3回繰り返した後、いつもよりも小さな声で話し出した。
「父さんは……元々仕事を忙しくしていて世で言う仕事人間って人だったけど、……母さんが死んでからはそれまで以上に仕事ばっかりになった。……現実が辛くてそこから目を背けるみたいに……」
「そりゃ辛かったと思うよ。奥さんを亡くしたんだから」
「……」
「……」
「なんかよく分かったぜ。お前ら親子にはコミュニケーションがなさ過ぎなんだ。だからお前は母親の事を信じられずゴシップ記事を鵜呑みにするような事になるんだ」
「……っ」
「ヤス、そんな言い方はっ!」
遠慮なしにズバッとキツイ事も言ってしまうヤスをあたしは咎めた。
同じように親を亡くしたあたし達だけど、あたしにはヤスやヒロがいて守ってくれていた。
ヤスが言うゴシップ記事の事もあたしは知らずに今まで育ってきた。
けど花沢類はそれらの「悪」を見てしまったんだ。
触れる機会を与えられてしまった。
あたしは花沢類のその傷を抉るような言い方をするヤスが許せず、思いっきり睨みつけるとヤスはワザとらしくあたしの視線から逃れた。
ヒロはそんなあたし達を横目で見た後、また花沢類と向き合い話を続ける。
「今からでもすればいいよ。つくしが今やったみたいに、お母さんと過ごした記憶を思い出してごらん」
「……!」
「ただお母さんを信じるって決めた決断を、どんなに辛くても貫き通す事。僕達や類君のお父さんがやっているみたいにね」
ヒロの言葉は花沢類の心に届いたのか、黙ったまま頷いた。
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