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種と蕾の先へ 66

桃伽奈



つくしside

 金持ちのお坊ちゃんって、普段どんな物を食べているんだろう……。
 あたしとヒロが作ったご飯はいわゆる庶民の家庭料理。
 イワシのつみれを「これ何?」って聞いてきた時は、やっぱり口に合わないかなって不安になったけど、「美味しかった」と言って全部食べてくれた。
 後片付けをしている間は進が持っているテレビゲームで遊んでいて、途中で進が「あの2人怖い」って台所まで伝えにきた。

「ヤスはそうだけど、類君も意外と負けず嫌いっぽいよね」
 報告を聞いて、一緒に後片付けをしていたヒロは苦笑いで話した。
「そうなの?」
 ゲームでムキになるとか……なんか花沢類のイメージと違う。
 体育祭の時も優勝したいとか考えていなかったみたいだし、そんなに勝ち負けに拘るような感じの人じゃないと思っていた。
「ん……。譲れないものがあったらそうじゃない?」
 譲れないもの……?
 ゲームの勝ち負けが?
 あたしはいまいち腑に落ちなかったが、進は納得したような顔をして冷蔵庫から牛乳を取り出し、自分の分だけコップに入れたらゲームをしているリビングルームに戻って行った。


「あ、そうだ。もう1つ聞きたい事があったんだった」
「何?」
 残り物のお皿にラップをつけていたヒロは、手を動かしながら返事をする。
「んっと、なんかね。パパが美作商事で働いていないって事になってた」
「……? どういうこと?」
 今度は手を止めてあたしの方を見た。
「美作さん……えっと社長の息子が、パパの事を調べた時に名簿に載っていなかったって言ってたから」
「ああ、俺らのもないよ」
 ヒロは「何だそんな事……」って顔をして止めていた手を動かし始めた。
「そうなの?」
「僕たちが所属していた営業8課は表向きには存在しない課だからね。普通の探し方じゃ見つからないよ。パスワードを開くには社長のIDが必要なんじゃない?」
 あそこは開けたことがないからよく知らないけど……って言いながら、ヒロは冷蔵庫にお皿を入れた。



 後片付けが終わり、花沢類と一緒に家を出た時はもう20時を回っていた。
 昼間は緊張からか非常階段では寒いと思わなかったが、今は少しだけ肌寒く感じる。
 夜になり気温がさらに下がったみたいだ。
 でもその分空気が少し澄んでいて、月明かりを強く感じた。
 パパとの思い出の明かり……。

「すっかり遅くなっちゃったね。花沢類は家の人とか大丈夫?」
「ぷっ。女の子じゃないんだし……」
「そうだけど……」
 ああ、でも家出中みたいな事も言ってたよね。
 それもやっぱりお母さんが原因だったりしたのかな……。
 お父さんとよく話し合って……ちゃんと家へ帰れるようになるといいな。
「送っていくよ」
「え?」
「牧野が住んでるマンションまで」
「え……でも遅くなるよ」
「あんた女の子でしょ」
「……うん」
 そうだけど……。
 ちなみに痴漢とかに出会ったところで、返り討ちにする自信もあったりするけど……。
 でももっと一緒にいたいって気持ちの方が大きくて、黙っておくことにした。
 それにこうやって女の子扱いされるのはやっぱり嬉しい。
 逆に「牧野なら痴漢とか平気だよな」なんて言われたら、すごく落ち込んだ気がする。


「……あたし花沢類の話がもっと聞きたい」
「ん……じゃ、マンションにつくまで、また話し合おうか」
「うん」
 あたし達は歩きながら何度目かの話し合いをした。
 ヒロが作ったソフトの暗号を解けるくらいだからプログラムとか好きなのかって聞いたら、花沢物産のセキュリティ関係に関わった仕事をしているって教えてもらった。
 他にも学園の理事長……花沢類の叔母さんの杏子さんに貰った秘密基地で今は寝泊まりをしていて、改めて今度見せてもらう約束をしたし、あたしも自分の事を話した。
 この前の国立公園での事や、毎晩立入禁止のマンションの屋上へ行き自主トレをしている事とか。
 お互いのスマホの連絡先も交換していると、時間はあっという間に過ぎて、気が付けばマンションの入り口まで辿り着いてしまっていた。
「……あ」
 思わずこぼれた言葉に、まだまだ話足りないって気持ちがこもっている。
 あたしが足を止めたので、花沢類も同じく足を止めマンションを見上げた。
「……」
「……」
「……あんたの部屋、見てみたい」
「え? あ、うん。どうぞ」
 もう少しこうして一緒にいられるんだって思うと嬉しくて、あたしは喜んでマンションの自動ドアを開けるために鍵穴に鍵をさした。
 花沢類も同じ気持ちでいてくれた?
 なんて思うと心が浮足立ってくる。
 けどそんなウキウキ気分も、エレベーターのボタンを押した時に萎んだ。

 ……っ!?
 へ、部屋に上がるんだよね……。
 掃除してあったっけ……。
 最後に掃除機をかけたのはいつだ?
 ……。
 冷や汗が背中を伝い、花沢類の近くにいるといつも感じるドキドキとは少し違う意味のドキドキ音が聞こえてくる。
 あたしは一生懸命、朝最後に見た部屋の様子を思い出してみた。
 散らかしてはいない。それは大丈夫。
 朝食べたご飯の食器も片づけたし、洗濯物も散らばっていない。
 あ、干してはあるけど……カーテンを開けなければバレない。
 下着があるもんね。絶対開けちゃダメだ。

「散らかってるけど……どうぞ」
「ん」
 玄関の鍵を開けてお決まりのセリフを言うと、花沢類も中に入って来た。
 1人暮らしのワンルームマンション。6畳の部屋は狭くて、キョロキョロしなくても全体が目に入る。
 ご飯に勉強と何でもありの小さいテーブルが部屋の真ん中にあって、あとは箪笥とベッドだけ。
 押し入れはピシっと閉まっているし……よし、カーテンも閉まっているな。
 確認してホッと息をつくと、花沢類は箪笥の一点をジッと見ていた。
「……?」
「……」
 何かあったっけ……?
 ……。
 ……あっ!
「そうだ。これ」
 花沢類が何を見ていたか分かり、箪笥の上に置きっぱなしになっていたハンカチを手に取った。
 体育祭の日、3年の女子に叩かれて赤くなった頬を見て、花沢類はハンカチに保冷剤を包んであたしに渡してくれた。
「返すのが遅くなってごめんね。ありがとう」
 あたしがあの時のお礼を言ってハンカチを手渡すと「ああ、見た事あるなって思った」と言いながら受け取った。
「中に入っていた保冷剤はどうしよう」
「あれは保健室のを貰ってきただけだから」
「じゃ、今度多田先生に渡しておけばいいかな」
「ん」
 話終わっても花沢類の視線はジッとあたしの顔を見ている。

「……」
「……」
 ……こ、今度は何?
 そんなに見つめられると落ち着かないってば!
「あ、適当に座って。お茶でも入れるから」
 耐えきれずに声を掛けると、花沢類からは「いらない」って返事が返ってきた。
「長居しないし、すぐ帰る」
「……そうなの?」
 帰っちゃうんだ……。
「んな顔するな」
「え?」
 どんな顔って思ったと同時に花沢類にギュッと抱きしめられ、いつもふわりと感じる花沢類の香りがあたしを包んだ。
 うわっ……。
「……帰りたく……なくなるだろ」
「……う、うん」
 帰りたくなくなるって……つまりあたしの部屋に泊まるって事?
 ……!?
 えええええぇぇぇ!!
 そ、それって……。
 あたしと花沢類が……。
 は、離れたくないって思ってたけど、そんなことまで想像していなかった。
 あ……あ、朝まで一緒にいたいとか……。
 だって、そういうのをする時って準備とか必要だよね。
 何もしてないし、花沢類が持ってたりするのかな……。
 顔から火が出るくらい真っ赤になると、密着している胸からあたしに負けないくらい大きな心臓の音が聞こえた。
 これ……花沢類の心臓の音……。
 同じようにドキドキしてくれているんだ……。
 すごい。
 うれしい……。

「でも今はしない」
「……え?」
「いろいろ中途半端だから……。ちゃんとケリつけてからにしたい」
「うん……」
 そうだよね。まだ分かんない事ばっかりだもん。
 あたしのパパと花沢類のお母さんの事とか……。
 分かったよって気持ちを込めて花沢類の背中に腕を回したら、もっとキツく抱きしめ返してくれた。
 そして囁くような声が耳元で聞こえる。
「さっき家に連絡したら……父さんは今夜遅いみたいだし、話しを聞きに行くのは明日の放課後でもいい? 牧野何か予定ある?」
「う、ううん。予定ない」
「じゃ、授業終わったら一緒に家に行こう」
「うん」
 家にって事は、さっきヒロ達と話していた、お父さんが何か知っているかもしれないから聞きに行こうって事だよね。
 どんな人だろう。お父さんって。
 やっぱりちょっと緊張する……。

 あたしの返事を聞いた花沢類は、抱きしめていた腕を緩めた。
 こぶし一つ分くらいの隙間があたし達の間に出来ると、花沢類の顔を見るために上を向いた。
 目が合うと顔が近づいてきて、キスされるんだってわかるとあたしは目を閉じた。
 柔らかい唇が触れた感触がするとすぐに離れ、照れくさくて俯いてしまう。
「……」
「……」
 かける言葉が見つからなくて、黙ったままでいると花沢類の大きな手が頭の上にポンと置かれた。
「……っ」
「……帰るから。ちゃんと戸締りして」
「うん……」
 玄関に向かった花沢類をあたしはやっぱり少し寂しい気持ちで見送った。



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Posted by桃伽奈

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