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種と蕾の先へ 68

桃伽奈





 品川にあるタワービルの最上階。
 大企業の社長室に相応しい豪華な内装に、座り心地を追求したオーダーメイドの椅子に腰を掛ける男性の元に報告が上がる。
「社長、美作大河が日本に戻ってきました」
「……ああ、帰ってきたか。それで?」
 パソコンに目を向けていた、社長と呼ばれた男……広田裕介は秘書の方を見た。
「美作を張っていたところ、昨夜、花沢開と会っておりました」
「花沢と……? あの2人は仲違いしていたと思ったが……」
「飲みに入った店のバーテンダーを買収したところ、旧友に会ったような雰囲気だったと」
「……」
 花沢里佳子が死んだ後、広田は暫くの間、美作大河と花沢開には監視役を付けていた。
 あの自殺に対して、2人が不審な行動に出たならすぐに対処ができるようにと。
 しかし報告からではお互い連絡を取り合ってはおらず、いつしか監視を止めていた。
 こちらを欺くために仲違いの振りをしていただけなのか、和解したのか……。
 どちらかだと広田は考える。


 広田にとって確かにあの2人は目の上のたん瘤みたいな存在で鬱陶しい事に違いはない。
 だが所詮、自分の相手ではないと自負している。
 このままこちらに興味を持たなければ、2人が仲良かろうが関係ない。
 広田がそう結論付けると、秘書が話を続けた。
「あと気になる単語を……」
「なんだ?」
「『里佳子が息子の類へ渡すため、夢子にポケコンを渡している』と」
「ポケコン? それは里佳子のやつか?」
「はい。……社長、そのポケコンとは……?」
「今ではもうなかなか手に入らない骨董品のようなものだ。正式名称はポケットコンピュータと言って、情報処理部の連中がみんな1つずつ持ち歩いていた。計算機としても使えるし、簡単なプログラム入力なども出来る。当時は自作したゲームで遊んでいたが……」
「……」
「問題はその中に何が入っているかだ」
 プログラム入力も出来るが、ただ文字を入力する事だってできる。
 手紙や日記の形で残す事も……。

「バーテンダーの話では、それにはパスワードがかかっており、美作も花沢も中身は知らないようでした」
「……そうか」
 広田はまだ誰にも中身を確認されていない事に安堵するが、あの中に当時の情報処理部で起きた事件が書かれているかもと思うと、忘れ去っていた昔の記憶が蘇る。
 パーティーで会った時には、美作と花沢の息子達は何も知らされていない顔をしていた。
 父親は息子には何も話さないと予測してのポケコンか……?
 里佳子は敏い奴だ。
 自分の死後、それくらいは読んでいた可能性も考えられる。

「夢子を見張れ」
「はい。では入手しますか?」
「ああ」
 息子の手に渡る前に、ポケコンをこちらの手に。



「……」
「……」
「……出るぞ」
 広田は椅子から立ち上がりドアまで歩いて行くと、秘書は素早くハンガーにかけていた広田の背広を手にし、「どちらへ」と行き先を聞いてきた。
「ホテルだ」
 行先を聞いた秘書はデスクの内線電話を取り、車の手配を開始する。
 広田がエントランスへ到着した時には、運転手は後部座席のドアを開けて待っていた。

 向かった先は、イクイップメント広田が所有するホテルの一室。
 スイートルームではないが、部屋の前にはガードマンを雇い、許可なく人が入れないようになっている。
 目配せをすると、一礼したガードマンは部屋の鍵を開けた。
 広田と秘書が中に入ると、オートロックのドアは自動で鍵が掛かった。
 寝室とリビングルーム。それに風呂とトイレ。
 スイートではなくても、ビジネスホテルと違い少し広めの内装だ。
 あの道明寺が持つ、メイプルに負けずとも劣らないホテルである。

「気分はどうだ? 水嶋」
 広田は目的の人物がリビングルームのソファに座っているのを確認し、腕を組み立ったまま話しかけた。
 ソファに座る水嶋は、瞳だけ動かし広田を一瞥した。
「最悪だな。もうずっとこんなホテルに閉じ込められて息がつまる」

 谷本薬品の水島常務。
 なのはな施設の映像に映っていた人物の1人。
 恰幅のいい男だったが、1ヵ月以上もずっと監禁生活を強いられ流石に少し痩せたように見える。
「お前が勝手な事をするから、野放しには出来なくなってな」
「犯罪だぞ!」
「お前を閉じ込めている事がか?」
「全部だっ!」

 ここでは外からの情報を入れないために、テレビやラジオといったものはワザと置いていない。
 当然電話もないし、今では生活必需品のようなスマホやパソコンもない。
 訪ねてくる人もなく、時計もない部屋。定時になると運ばれる食事だけが時間を計る唯一の手段だった。
 そんな環境で過ごしていた水嶋は、苛立ちも限界である。
 やっと話せる相手が目の前に現れたのだ。胸に溜まったものを吐き出す勢いで話し出した。

「会社が明記していない薬の原材料を使用したとあって、警察の立ち入り検査の時のドタバタの中、俺はあの疎開資料を見た」
 谷本薬品で内部告発者が現れたと同時に、警察が来る事を素早く察した広田は、見られたくないものを全て隠した。
 それが今、水嶋が口にしている疎開資料の事だ。
 警察が確認に来る薬の原材料なんて大した問題ではない。それよりももっと別の物……。
「その内部告発者だが、誰だか知っているか?」
「……?」
 話を反らそうとしているのか、広田の質問に水嶋は眉根を寄せる。
「田中悟朗。またの名を沼田康雄」
「なんだ、そのまたの名って言うのは……それよりもあの資料の事だっ」
 田中悟朗とは、沼田康雄……ヤスが谷本薬品の社員として働いていた時の偽名だったが、水嶋の様子を観察し広田はこの2人に繋がりがない事を確信する。
「あれを見たからお前はなのはな施設へ行ったんだな」
「そうだ。もう使用しないと言っていただろう! なぜだ!?」
「……」
「……」
「……」
 水嶋の質問には答えず、ずっと冷めた目で見ていた広田の目が愉快そうに笑った。
「この部屋の居心地はどうだい?」
「だから最悪だっ。いいから質問に答えろっ!」
「匂いは感じないかい?」
「……匂い?」
 言われて水嶋は匂いを感じようと意識を向けるが、特に何も匂いなどは感じない。
「やっぱり感じないか……」
 広田は少し残念そうな言い方をするが、顔は全然そう思っていない。
「……っ」
 その様子を見て、水嶋の表情が変わった。
 先程までの勢いはなくなって真っ青になり、広田は笑った。
「くくくっ……」
「……いや、……だ、大丈夫だ。あれは大人には効かない」
 冷や汗をかきながら自分に言い聞かせるように言う水嶋に、広田は追い打ちをかけるような言葉を吐く。
「それは使用回数と使用量を守った場合だろ」
「そ、それでもだっ。効くはずがないっ」

 怒りが頂点に立った水嶋はソファから立ち上がり、広田に殴りかかろうとする。
 それを広田の後ろで控えていた、秘書兼ボディーガードの男が逆に水嶋の鳩尾に拳をねじ込む。
「げほっっ!」
 よろめき水嶋はその場に座り込んだ。
 意識までは失わなかったが、広田は苦しそうに悶える姿を一瞥した後、ホテルの部屋を出て行った。



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Posted by桃伽奈

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