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種と蕾の先へ 77

桃伽奈



類side

 よく分からない相手から逃げ切り、俺は牧野を連れて時計塔に戻って来た。
 そして汚れた服を着替えるついでに、順番にシャワーを浴びる。
 牧野は制服だったから俺の服を貸してあげたが、当然のことながら俺のだとズボンの丈が長すぎて、今裾を手で折っている最中だ。
 その丸まった身体もどこか可愛い。

 俺はパソコン机の引き出しに入れていたカロリーメイトを取り出し、ベッドの上で封を開けた。
「ちょ……ベッドの上で食べるの行儀悪いよ」
「この部屋食卓ないし。俺も普段は食べないけど今日は特別。いいから牧野もおいで」
 誘うとゆっくりベッドの上にあがってくる。
 俺から受け取ったカロリーメイトを半分食べたのを見届け、牧野の鞄から取り出したポケコンの電源を入れてみた。
 すると左上の画面にドット表示が現れる。
「あ、なんか出た!! №?」
「……?」
 そう、……ただ「№」と表示される画面を見て俺達は首を傾げる。
 どういう意味だ?
 何かを入力しろって事なのか?
 そう思い、とにかく適当に一度入力をし、Enterマークのボタンを押すと、入力した文字が消え、また「№」の文字だけが表示される。
「花沢類、これってどういう事?」
「多分パスワードがかかってるんだよ」
「パスワード?」
「これ受け取った時にさ、夢子さんは中に何が入っているか知らないって言ってただろ。あれってつまりは開けられなかったって意味だったんだ」
「えええっ!!」
 と牧野は驚いた。

 その「えええっ!!」はどっちの意味だろう。
 俺宛の遺言を勝手に見ようとした事か、それともここに来てパスワードがかかっていて見れないって意味なのか。
 ってかパスワードって……。
 何を入力すればいいかさっぱり分からない。
 俺が大きなため息を吐くと、「取り敢えず何か入力していこ」と前向きな牧野の発言がある。
「まずは花沢類の生年月日からね」
 と言い、以前俺が自己紹介した時の数字を勝手に入力していった。
「よしっ。Enter……。……あれ? 開かない。これじゃなかったか……。じゃ次は花沢類の名前っ」
 牧野は思いつくのを次々と入力していくが、どれも空振りに終わる。
「そんな簡単な答えじゃないと思うよ。夢子さんが開けられなかったんだし」
「じゃぁ、何かお母さんとの思い出の中にヒントとか隠れてない? っていうか、花沢類は絶対に知ってる言葉だよ」
 じゃないと遺言が見れないじゃないっていう牧野の言葉を聞いて、母さんとの記憶を思い浮かべた。

 ……。
 ……。
 なんかそれっぽいものが思い出せればなって思うけど、結局何も浮かんでこない。
 元々仕事が忙しくて、幼稚舎へ通い出した頃からはよく家を留守にしていた。
 俺は母さんが生きていた頃から進んで話すタイプではなかったのに、母さんは俺の話を聞くのが嬉しいのかよく聞きたがり、そして話してくれた。
 その中に、母さんが俺だけに言ったパスワードの答え……。
 ……。
 ……。

「……分かんないっ! つーか、俺に読ませたいならパスワードなんて設定するなよなっ!!」
 俺は不貞腐れてベッドに寝転がった。
「ちょっと……そんな簡単に諦めないでよっ」
 牧野はそんな俺の態度を見て、焦ったように声を出す。
 別に諦めたわけじゃないよ。
 ポケコンにはリセットボタンなんてものも存在する。
 それを押すと解除されるんだろうけど、恐らく中に入れている遺言も消去されてしまうだろう。
 だったら解析ソフトを使って無理やりこじ開ける?
 ってか、壊れたりしないかな。
 いや、その前にパソコンと繋ぐ線がない。ポケコン側につけるコネクターは独特の形だし、無線で飛ばす事もできない。
 夢子さんは、線は部室棟にあるんじゃないかって言っていたけど……。

 他の方法はないか逃げ道を探している俺の横で、牧野は諦めずまだ文字を入力していた。
「……」
「……ああ、これも違うか……」
「……」
「……」
 そんな牧野の様子を見て、俺はふっと聞いてみたくなった。
「……ね、牧野ならどんな文字をパスワードに設定する?」
「あたし?」
「ん、好きな言葉? 数字? 何か拘っている単語とかあるの?」
 俺の質問に「そうね……」と呟いた後、「数字の965……かな」と答えた。
「965? どういう意味?」
「分かりにくいけど、語呂合わせだと「クラゲ」って意味なの」
「クラゲ? 好きなの?」
「あたしじゃなくてママがすごく好きだったんだって。だからあたしの保育園に行く時の道具……コップとかお箸セットとか。そういうのパパがみんなクラゲの絵が描いてあるので揃えてくれたんだ」
 あたしにとっては思い出の絵なのっと言いながら、牧野はスマホを見せてくれる。
 スマホケースにもクラゲのプリントがされていて、よく使う駅のロッカーなどもいつも965番を使うんだと説明してくれた。

 ふーん。クラゲか……。
 この前見た母さんの夢にもクラゲが出ていたな。
 青や緑の照明を使って、透き通る体がキレイだった。
 ……。
 いや……。あれは実際にあるレストランだ。

 母さんと2人で食事に行った事がある壁一面クラゲの水槽になっている場所……。



『見て類。キレイでしょ』
 夢の中の母さんが記憶の中の母さんと一緒になる。
『うん、キレイ』
『ふふふっ。でもクラゲは自分で泳いでいるわけじゃないのよ』
『そうなの?』
 夢を見ていた時は、母さんの匂いを懐かしいと感じていた。
 もう夢から覚めた俺は、どんな匂いだったかさっぱり分からない。
 だけど温かい何かが心の中に流れ込んでくる。
『クラゲも泳ぐことは出来るけど、すぐに疲れて死んじゃうの。……だからほらっ、よく見て。中の水が海の中の様に動いているでしょ。海流に乗っているから泳いでいるように見えるのよ』
『ホントだ!』
『ここはね。ママが初めてパパとデートしたレストランなのよ。今日はパパが一緒に来れなくて残念だけど……ま、いっか。類と一緒に来れたんだもんね』
 父さんが一緒でなくて残念そうにする母さんだったが、またすぐ笑顔に変わった。
『……』
『類、美味しいものいっぱい食べて、パパを悔しがらせてやろうっ』

 母さんが大好きなレストラン。

 あのレストランの名前は……。

 ……思い出した。


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Posted by桃伽奈

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