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種と蕾の先へ 82

桃伽奈



横井沙織side

 広田様はずっと私を指名してくれた。
 新人好きなお客が私に飽きて他の子に目移りしても、広田様の態度は変わらなかった。


 広田様が亡くなる少し前、出会って一年近くがたった頃、私の誕生日を祝いたいと広田様からお誘いを受けた。
 いつものレストランの個室。
 部屋の様子はいつもと違い、パーティー用の飾りつけなどがされていた。
 ただ、部屋の照明を落とし暗くした中、レストランのスタッフ数人がテーブルを囲んで、ハッピーバースデーの歌を歌ってくれた事には少しではなく、かなり恥ずかしかった。
 一体私を幾つだと思っているの……。

 ケーキを食べ終え、広田様は私にプレゼントをしてくれた。
「うわぁ。綺麗なブローチ……」
 上半分がピンク。下半分がグリーンの石が使われた縦長のブローチだった。
 バイカラーのトルマリン宝石というらしい。
「どれ、つけてあげよう」
 そう言って、少し震える指先でブローチを首の下の辺りにつけてくれた。
 ブローチをつけた私を満足そうに眺めた広田様は、ポツリと話し出した。
「これはな……。私が愛した女性との思い出の為に用意した宝石だ」
 ……え?
 あたしははじかれたように広田様の顔を見た。
 その表情はどこか遠いところを見ているかのように、胸元につけたブローチを眺めている。

 ……。
 ……。
 愛した女性……って、それってお母さんの事?
 まさか、私が娘だって気付いている?
 ……いや、そんなはずない。
 お母さんはお腹に私がいる事を言わずに、広田様の元を去ったんだから……。
 私の存在すら知らないはずだ。
「嫌か? お古は」
「……え?」
「沙織といると、彼女といる感じが時々するからな。懐かしくも金庫に閉まったこれを引っ張り出し、プレゼントするためにブローチにした」
 私といると……お母さんの事を思い出す?
 ううん、でも違う。
 お母さんの事は思い出すのかも知れないけど、私が娘だとは気づいていないはずだ。

「綺麗な宝石ですね。本当に貰ってもいいんですか?」
 気に入った……って答えると、広田様は「ああ。もちろん」と頷き、「このブローチには名前を付けていてな」とブローチの名前まで教えてくれた。




 広田様が亡くなったと聞いたのは、お店の支配人からだった。
 大企業の社長というだけあり、告別式の参列者はすごい人数になるらしかった。
 仕事関係の人が多いようだが、他にも行きつけのスナックやキャバクラのママ達も行くらしく、その人達に紛れて私もお別れの挨拶に行っていいと言われた。
 けれど、私は行かなかった。
 お母さんの『お父さんに会っては駄目』って言葉が、親族がいるその場に行くのを思いとどまらせた。
 49日が過ぎた頃、こっそりお墓参りをしよう……。
 それで広田様には許して貰おうって思っていたが、私のそんな気持ちを無視して初七日を迎える前に、弁護士から呼び出しの手紙が届く。

 広田様の残した遺言には、私にも財産分与が与えられているらしい。
 だから遺言状公開の場に来るようにとの事だった。
 指定された日、ホテルの会議室へ地味なスーツを着て赴いた。
 冥福を祈る意味を込め、貰ったブローチを胸につけて。


 その場に呼ばれたのは、奥さんと息子さん。それに広田様の弟と妹とその子供達だった。
 初めて会った奥さんは、部屋に入った時から私に敵意むき出しでいる。
 それはそうだよね……。
 ご主人が通っていたデートクラブの女に、財産を分けなきゃならないなんだから。
 私は極力奥さんだけでなく、親族みんなと目を合わさないよう気をつけた。

 全員が揃い、弁護士が遺言の開示を始める。
 会社の株など仕事関係のものは、主に広田様の息子が相続していた。
 奥さんは住んでいる家や美術品、不動産が多く、他の人にも現金や株が分配された。
 私に与えられたのは残りの不動産関係で、ざっと見積もり5億ほどになるらしい……。
 これには私だけでなく、他の親族も驚きを隠せない。

「なんでただの愛人に5億もの大金を渡さなきゃならないの」
 奥さんが弁護士にそう詰め寄ると、他の親族達も「そうだ」「おかしいわ」と言い、騒ぎ出す。
 会話の節々を拾うと、私の取り分は息子や奥さんよりは断然少ないが、弟や妹よりも多いらしい。
「あんた社長に何て言ったんだ? 浅ましく財産を強請りやがってっ!」
 と、親族の人が私を睨みつける。
「皆さん、落ち着いて下さい。まだ続きはあります」
 弁護士の声に、みんなは一旦口を噤み、続きを待った。

「『なお、横井沙織が相続放棄を申述した場合、または不測の事態となった場合には、沙織が相続する財産は全て国へ寄付する事とする』とあります」
「どういう意味だ?」
 親族だけでなく私も意味が分からず、弁護士さんの方を見る。
 ただ一人、ずっと黙っていた広田様の息子……広田裕介だけは意味が分かったのか、苦虫を嚙み潰したよう顔をした。

 弁護士の人は、茶封筒から他の資料を取り出し、みんなの前に見せる、
「こちらの横井沙織さんですが、DNA鑑定の結果、昭之助様と親子だという結果が出ました」


 ……え?



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Posted by桃伽奈

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