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種と蕾の先へ 148

桃伽奈



類side

 ノックと共に、鍋島家当主の鍋島千真(かずま)が、お茶の用意をしたメイドと現れた。
 ソファに座る事を勧められ、3人掛けに2人並んで座り、鍋島は正面に座った。
 つくしの伯父に当たる人だが、年はかなり上に感じる。
 50の半ばくらいか?
 お茶とお菓子がテーブルの上に並べられると、メイドは一礼して部屋から退出した。

「どうぞ」
「ありがとうございます」
 つくしはお礼を言って、紅茶が入ったカップを手に取った。
 鍋島も一口紅茶を飲むと、カップをソーサーの上に戻す。
「一目で分かるな。千恵子によく似ている」
 鍋島は目元を細め、妹の面影を懐かしむようにつくしを見ている。
「あ、それはよく言われます。あたしも高校時代のママの写真を見た時は似てるなぁって思ったし……」
 ジッと見られることに照れくささを感じたのか、ぎこちない笑顔を見せつつ答えた。

「千恵子の荷物で欲しいものがあるとか」
「はい。高校時代に使っていたポケットコンピュータなんです。これくらいのサイズの……」
 つくしは両手の人差し指を動かして、ポケコンサイズの四角い形を作った。
「それだけかい?」
「え?」
 つくしは意図する事が分からず聞き返す。
 鍋島の表情は、さっきまでの懐かしむものから相手の中を探るようなものに変わっている。
 俺は嫌な予感が頭を過り、小さく息をのんだ。
「私は忙しいから、回りくどい事は抜きにしたい」
 鍋島は足を組んで、「今日もこの後すぐ人と会わねばならない」と愚痴をこぼす。
 鍋島グループの代表をしているんだから忙しいのは理解できるし、この後本当に仕事の予定が入っているのだろう。
 だが執事とは違い歓迎ムードではない態度に、隣に座るつくしが怯んでしまったのを感じた。
「つくしは用件を簡潔に言っただけですが。母親のポケコンが見たいと」
「それだけではないだろう。今頃になって訪ねてくるなんて、誰かから千恵子の実家の事を聞いて知り、金の無心に来たとしか考えられない」
「そんなつもりはっ……!」
 つくしは誤解だと叫ぶ。
「では、君達姉弟は今どんな生活をしている?」
「え?」
「この家よりも大きな家に住んでいるか?」
「……それは」
 つくしは自分が住んでいるワンルームマンションを思い出したのが、言い淀んでしまう。
 ……なんて嫌な質問をする人だ。
「関係ないだろ。あんたには」
 俺は鍋島の意識をつくしから反らせるため、ワザと挑戦的に話した。
「君は?」
「俺は花沢類。つくしの一番の理解者」
「君が入れ知恵したのかい?」
「別につくしはお金に困ってないよ。後ろには花沢と美作がいるんだから」
 二つの名前を出して、鍋島はハッと気づいた顔をした。彼の脳内に「花沢物産」と「美作商事」の単語が出てきたんだろう。
 つくしも「何言ってるの?」って顔をして俺を見る。

 以前、椿姉ちゃんが言ってた。『親や会社の名を使った権力であっても、正しく使うなら文句は言わない』って。
 だからこれは、つくしを守るために俺が持っている力全てを使うって決意だ。
 勝手に美作の名前も使ったけど、これだって問題はないだろう。
 広田裕介にマークされていたあきらの両親は、便利屋をしながらなのはな施設の事を探っていたヤス達の存在を隠すために、これまでつくし達に接触して来なかったんだと思う。
 だけど親友の娘だ。ずっと気にはかけていただろし。
 つくし達姉弟が一言「助けて」と頼れば、夢子さんは全力で力になってくれるハズ。
 ……まぁ、俺がもう「美作」につくしを渡したりはしないけどな。

「類、あたし……」
「分かってる」
 俺は頷き、つくしにこれ以上言わせないように遮った。
 続く言葉は簡単に予想できた。花沢の力も美作の力も頼ったりせず、これからも自分の力でやりたいって事だろう。
「ただ、みんなつくしの事は大事だから。いざって時は俺だけじゃなく、みんなが助けたいって言って力を貸してくれるよ」
 優しく諭すように話せば、つくしは素直に「うん」と頷いた。
 その様子を見ていた鍋島は、
「今は2人の言葉を信じよう。だが、勝手に家を出て行ったのは千恵子だ。今後も君と鍋島の家は関係がないと思って欲しい」
 とだけ言って、次の予定の時間があるからと席を立っていった。


 残された俺達は執事に2階にあるつくしの母親の部屋へ案内される。
「この部屋は、すべて生前千恵子様が使っていた物ばかりがあります。旦那様は、形見分けとして好きな物を持ち帰って良いとおっしゃっておりました」
 ドアを開けた執事は「ゆっくりお探しくださいませ」と言って、部屋には入って来なかった。
 東向きの部屋。
 カーテンは閉まっていて薄暗く、暫く掃除もされていないのか部屋の中の重たい空気が俺達の気持ちをさらに重くする。
 俺は勝手にカーテンを開け、中に外の光を入れた。
 部屋の中は高価な家具と女の子の好きそうな物で溢れており、ここで暮らしていた時はとても大事に育てられていたんだと察せられる。


「やっぱり財産狙いだって思われちゃったね」
 つくしは気分を入れ替えるため、明るく話し出した。
「無理するな」
「してないよ……。ただ、横井沙織さんの事を思い出しただけ」
「広田昭之助の隠し子の子?」
「うん。彼女も遺言状の席では、横から財産を持っていく泥棒猫みたいに言われたらしいし……」
 無理してないっていうが、つくしの顔は晴れない。
 血の繋がった身内に、これまでどう過ごしていたかと聞かれる事もなく、ただお金をせびりに来たと思われただけだった。
 落ち込むという事は、何かしら期待していたという事なのだろう。
 いや、期待するなっていう方が無理かも知れない。
 姉弟2人っきりだと思っていたところに、実は親族がいたんだって知ったんだから。

「さてとっ。気を取り直して探そうかな。ママのポケコンっ!」
 空元気を見せ、腕まくりをするつくしを引き寄せ抱きしめた。
「……っ」
「……」
 腕の中にすっぽりとハマるつくしの体。
 お互いの体温が混ざり合い、一つになる。
「ありがとう……類」
「ん」
「……ごめんね」
「何が?」
「類に嫌な思いさせちゃったから」
 嫌な思いをしたのは、俺じゃなくつくしだろ。
「気にしなくていい。つくしには俺達がいるんだから……」
「うん」
 つくしの腕が背中に回る。
 顔を覗き込むようにすると、つくしも俺の顔を見て自然と唇が重なった。
 一度目は啄ばむように触れ、すぐ深いものに変わる。
 舌をゆっくりと差し入れ、お互い絡め合うと、口の粘膜を堪能するため歯列をなぞる。
 1つになった体温の熱が上がる。

 と、そこで急につくしが我に返った。
「……ま、待って類!」
「何?」
「ここママの部屋だよ」
「ん」
「ん……じゃなくてっ! 早く探して帰ろう」
 つくしは俺から離れて、部屋の中を歩き出した。「チッ」と小さく舌打ちすると「何考えてんのっ!」って怒られる。
 まぁ、早く帰ろうってところは賛成だけど……。
 わかってんのかな……。なのはな施設から帰ってきて、病院じゃ出来ないからってずっと我慢してる俺の気持ち。
「早く時計塔に帰って続きしよ」
 離れたつくしを再び背中から抱きしめ耳元で囁けば、意味が分かったのかつくしが耳まで真っ赤にした。
 可愛い……。
 今夜が楽しみだな。

「あれ何?」
 背中から抱きしめている状態で、つくしが部屋の真ん中に置かれている縦に長い筒のような容器を指差した。
「クラゲ専用の水槽じゃない? 今はもう水が入ってないけど」
 俺達は話しながら水槽の前まで行く。
 つくしの母親がこの部屋を使っていた時は、きっと元気にこの水槽の中をクラゲが漂っていたんだ。
「クラゲって家で飼えるんだ」
 空元気を見せるのを止めたつくしは、何故かそこに関心を持った。
「みたいだね。つくしも飼う?」
「……うーん。マンションはペット禁止だけど、これならイケるかも。でもいつか死んじゃうかと思うと辛いしなぁ……」
 と真剣に考え込んでいる。
「って、違う! ママのポケコンを探しに来たんだった」
 そんな風にコロコロ変わる表情を楽しく眺め、2人でポケコン探しを開始する。

 ポケコンは案外すんなりと見つかった。
 ドレッサーの引き出しの一番下に入っていたからだ。
「動くかな……」
「大丈夫でしょ。俺達の親のポケコンも動いたんだから」
 つくしはドキドキした様子で電源のスイッチを押した。
 中身を確認すると、何かのプログラムが入力してあるので、「RUN(起動)」ボタンを押してプログラムを作動させる。


「「……っ!!」」


「ぷっ! ママったらどれだけ好きだったのよ」
 つくしは嬉しさをかみ殺し、少し呆れたように言った。

 つくしの母親が残したポケコンは、俺の母さんが残したポケコンのように伝えたい言葉が残っているわけではなかった。
 クイズでもなく、ゲームでもない。
 ただ一匹のクラゲの絵が、ドットを並べることで描かれていた。

「やっぱり飼う?」
「うーん。でもマンションの部屋にこの水槽を置いたら、狭くて机が出せなくなるよね」
「なら俺の部屋で飼うよ。クラゲは俺も好きだし」
 水槽があると、ご飯を食べたり勉強する場所がなくなるというつくしに、俺は提案した。
 それにクラゲは俺にとっても母さんとの思い出だ。
 ブラックライトの明かりで照らされた水槽の中を漂っているクラゲ。
 母さんと言ったレストランで、子供だった俺はワクワクしながら眺めていたのを思い出す。
 ……ああ、あのレストランにつくしと行くって約束もしてたんだ。
 今度予約を取らないと。
 けどあそこに行くと、つくしは折角忘れたのに今日の鍋島の事を思い出すかな。
 またゆっくり相談しよう。


 用事を済ませ家を出る時、すでに鍋島は出かけた後で、執事と年配のメイド達が並んでつくしを見送った。
 多分、つくしの母親を知っている人達ばかりなんだろうなって思う。
 俺がポケコンと水槽も持ち帰る許可を執事に取ると、
「千恵子様はクラゲが大好きでした。つくし様がその水槽を使う事を、天国で大変喜ばれるでしょう」
 と嬉しそうな表情を見せた。






※ 明日最終話です。


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Posted by桃伽奈

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