ダイアリー 5
あたしは勉強道具を鞄にしまって、お弁当を取り出した。
ビー玉のような瞳から視線を感じるので、無言のままの彼に
「お昼だよ。カフェテリアに行かないの?」
と声をかける。
「あんたは?」
「あたしはお弁当」
お弁当を顔の高さに掲げてみせた。
膝の上でお弁当袋から弁当箱を取り出すが、ジッと見つめられていて緊張する。
「ここで食べるの?」
花沢類が聞いてきた。
「うん。だってカフェテリアにお弁当なんて持ち込めないじゃない」
「カフェテリアのご飯、美味しくなかったの?」
「美味しいも何も、一食4000円なんて高いお金、一介の高校生には払えないっつーの」
「へぇ。そういうもんなの……」
って、言って首を傾げる。
これだからお金に困った事のないお坊ちゃんは……。
花沢類の事は無視し「いただきます」と言って箸を手に取ったが、彼の視線は相変わらず膝の上のお弁当に行きっ放しで落ち着かない……。
そんなにお弁当って珍しいもんなのかな……。
「あの……花沢類。そんなに見られると食べにくいんだけど……」
「これ可愛いね」
こっちの話は聞かず、お弁当のおかずを指差している。彼のビー玉のような瞳が、いつもよりキラキラしているように見えた。
「それはタコさんウインナー……。食べる?」
「うん」
お弁当を彼の前に持っていくと、彼は指でウインナーを摘まんだ。
「目がついてる」
「それは黒ゴマでつけてみたの。頭のハチマキはのり」
「……自分で作ったの?」
驚いた顔をされてしまった。
「うん」
「すごいね……」
って、言ってパクっとタコさんウインナーを口に放り込んだ。
初めて花沢類に褒められ、嬉しくてポケーっとしていると、
「この黄色いのは卵?」
他のおかずも聞いてくる。
「うん。食べる?」
「この中に黒いのが入っているけど……」
「それはヒジキ。一緒に焼いてあるの」
「ヒジキ嫌い」
子供かい……。嫌そうな顔を隠さない花沢類。
あれ……? 結構表情豊かになっている?
「卵の味しかしないから、食べてみなよ。鉄分豊富だよ」
「嫌いだからいらない」
「大丈夫だって。騙されたと思って口開けて」
あたしはまだ使っていないお箸で卵焼きを摘まみ、花沢類の口の前に持っていくと、彼は嫌そうに目をつぶってから口を開けて食べた。
モグモグ……ゴックンとした花沢類は、目を開け信じられないって顔をして一言。
「……美味しい……かも」
かも……って。そこは素直に美味しいって言いなさいよ。
あたしの自慢の卵焼きなんだから。
小さい時は食わず嫌いだった弟も、こんな風に卵に入れたら食べてくれた。
その後も「これは何?」と、お弁当の中身が気になるみたいで、おかずの半分は彼に食べられてしまった。
一通り食べて満足した彼は、鼻歌を歌い出してご機嫌だ。
喜んで貰えてよかった。
んじゃ、少なくなっちゃったけどあたしも食べよう……ってお箸の先を見て固まる……。
こ、これって間接キス……。
意識すると顔が真っ赤になった。
いやいや……。中学生の時とか、みんなで部活終わりに回し飲みしたりしていたじゃない。あれと一緒よ。
でもあん時は意識した事一度もなかったのに。
相手がこんな綺麗な男の人だから?
でもここで食べない……なんて選択、あたしにはない。
意識しているのが自分だけっていう悔しさもあるけど、何よりお腹空いてるもん。
「ぶっ……はははは」
花沢類が急に笑い出した。
「な、なによ」
「あんた……弁当食べる時、いつもそんな百面相しながら食べるの? あははっ……」
「うっ、うるさい。ちょっと色々考えてただけよ。いただきます」
口を大きく開けてご飯を食べた。花沢類はまだ笑いが収まらないらしい。
ご飯食べている人を笑うって、随分失礼じゃない?
あたしは、やけくそ染みた気持ちでお弁当を食べ終えた。
花沢類は目に溜まった涙を指で拭い
「あんたって楽しいね」
「それはどうも……」
あたしは笑われて楽しいとも思えず、適当に聞き流した。
「明日もお弁当食べさせてくれるなら、英語の勉強教えてあげるよ」
……え?
「ほんと?」
「うん。give&takeね」
そう言った花沢類の笑顔はとっても綺麗で、見とれてしまった。
昼休みが終わり、放課後英語を教えてくれるっていう花沢類と、ここで待ち合わせの約束をしてあたしは教室に戻った。
英徳学園高等部3年、教室前の廊下
俺は今聞いた話を、総二郎にしたらそれは楽しそうだって話になった。
つまり、俺達は退屈していたんだ。
残りの2人のメンバーにも声を掛けてみようと廊下を歩いていると、ちょうど目の前から1人階段から降りて来た。
「お、類。ちょっとこっち来いよ」
「どうしたの」
「さっきさ、そこで面白い事聞いてよ」
「……?」
「理事長が都内の公立高校との交流のために、交換留学ってのを始めたらしいぜ」
「……」
「そらみろ。類の興味なさそうなこの顔」
類が返事すらしないから、横にいた総二郎が俺に向かって言う。
まぁ、俺もそんな反応だとは思ってたけど、知らせるくらいならいいかって気分で話を続ける。
「男と女が一人ずつ来たんだけど、男の方はもう登校拒否らしいぜ。んで、女もいつまで持つかって話になってよ」
「暇つぶしにいつまで持つかって、俺達で賭けでもしようって事になったんだ」
「これからその女の顔、見に行こうって思ってるけど、類お前も行くか?」
言い終わったら案の定
「……興味ない」
の一言。
「ああ、やっぱりなぁ。んじゃ、俺達だけで行ってくるわ」
「おい、司誘わねーとマズいだろ」
「あいつは参加するかな~?」
俺達は類に別れを告げて司を探しに行った。
2-C組。
あたしは自分の席に座り、机に両肘をついて頬に手を添えながら、さっきの出来事を思い出していた。
今日は花沢類みたいな綺麗な人と話ができて、放課後も英語を教えてくれるって言うし、いい事が沢山あった。
キツイ事とかも言われた気がするけど、最後の笑顔で帳消しになるくらい楽しかった。
お弁当も食べてくれて……明日、何のおかずにしようかな。
この学校に来て、こんなワクワクしたの初めてかも……。
いつもの、早く家に逃げ帰りたいがための待ち遠しい放課後じゃなく、花沢類に会いたいから待ち遠しいと感じる放課後。
早く来ないかな……。
あたしってば、すっかり恋する乙女みたいだ。
……恋?
……あたしが……?
花沢類に……?
そりゃ、あんだけ綺麗な顔した男の人だから一目ぼれする女子なんてそこら中にいるだろうけど……。
あたしは胸元にある、黒いガラスを服の上から握った。
これはもう癖みたいなものだ。
いつも持ち歩いているあたしの御守り。
何かあるとつい握ってしまう。
この感触を確かめると、いつも頭が冷静になれた。
『勉強を沢山すればまた会える』
……もしかして花沢類が……。
乙女思考になったあたしの頭ン中は、都合よく変換されていく。
勉強を頑張ったから、あたしは英徳学園にこれた……。
いやいや……。
そんなはずないって。
いくら何でもそんな都合のいい事……。だいたいここに来れたのも、いい年したおじさん達の酒の上での冗談からだったし……。
あたしがもう向こうの顔を覚えてないのと同じく、相手もあたしの事を覚えているか怪しい……。
本当に会える……だなんて、中学生になったくらいの時には諦めていた。
顔も名前もわからない人なんて、偶然会っても気づかず通り過ぎるだけじゃない。
なら、勝手に思ってもいいかな。
花沢類がこれをくれた人かも知れないって。
あんな王子様みたいな人に貰えたなら、すごく素敵じゃない。
そんな幸せ気分に浸っていたあたしを、この後招かざる客が嵐に変えていった。
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