Welcome to my blog

ポルポローネ 1

桃伽奈



 おばあさんと一緒に長い廊下を歩いて行く。
 
 本当、大きな家……。
 
 廊下の突き当りにあったドアを通り抜けると、今までと違って少しだけ幅が狭くなった廊下に変わった。
「いいかい、使用人はこの北の離れが住居だよ。トイレも風呂もすべてこっちで済ませる事」
「は、はい。おばあさん」
「おばあさんと呼ぶんじゃないっ」
 ひっ……。
「私は先代からこの花沢家に仕えている使用人頭だよ。お前さんごときに馴れ馴れしく呼ばれる覚えはないわっ」
 こ、怖いんですけど……この人。

「じゃ……じゃあ、何て呼べば?」

「センパイ」

 ……。
 ……。
 セ……センパイ?



「ここがお前の部屋だよ」
 通された場所は、窓が1つある6帖くらいある和室。
「一人部屋?」
「ああ、この前辞めていった娘が使っていたから、掃除はされているしいいじゃろ」
「……屋根裏じゃないんだ」
 これはちょっと嬉しいかも……。
「屋根裏?」
「あ、使用人って屋根裏でネズミと一緒に過ごしているってイメージがあって」
「……それは本の読みすぎじゃ」
 飽きれた声を出しながら、センパイは押し入れを開けて
「布団はここの中。で、あんたの仕事着」
「……へ?」
 押し入れから取り出したのは、センパイやここの使用人達が着ているのと同じ着物。
「へ? じゃなく、早くこれに着替えなっ」
 着物一式を手渡されるが
「これ……どうやって着るんですか?」
「……お前さん、着物を着た事ないのかい?」
 浴衣とかはあるけど、簡単帯だし……。あたしの手の上にあるのは、明らかに普通の帯……。
 そっか……。花沢家の仕事着って着物なんだ……。

 早くも「後悔」の二文字が頭の中に……。

「こういうちゃんとした着物は初めてです」
 あたしが正直に言うと、あからさまにため息をつかれた。
 しょ、しょうがないでしょっ。だいたい世間一般では、着付けを自分で出来る女子高生の方が少ないと思う。
「仕方ないねぇ。一重太鼓結びを教えてやるから、一回で覚えな。ほら、早く服脱いで」
「は、はいっ」
「この家ではやる事が沢山あるんだ。こんなところで躓いている余裕なんてないんだよ。とにかく欠員分バシバシ働いてもらうからね」
「はいっ」
 あたしは急いで服を脱いで着物を羽織る。
「いきなり着物を羽織ってどうするんだいっ」
「……ひっ」
 え……ダ、ダメだったの?
「まずは肌着から。これは新品だからね。替えも押し入れに入っているから、ちゃんと毎日替えな」
 着物用の下着なんてあるんだ……。
 あたしは感心しながら、足袋、肌着、長襦袢と着ていき、最後に1人でもできる帯の結び方を教わった。
 な、何気にスパルタ……? だよね……。
 
 部屋の壁に掛かっていた姿見の鏡を見て、これからこの着物を着て仕事するのか……なんて思う。
 慣れるまで動きにくそうだよね。
 なんで洋服じゃないんだろう。
 
 あたしの全身を確認したセンパイは
「まぁ、こんなもんじゃな。やっぱり日本人は着物が一番」
 ご満悦な顔をして言っている。
 もしかしてこの人の趣味で着物なんて……って邪推してしまうが、この純和風な家では着物がよく合っていた。

 着替えも済み、まず初めにする仕事を教わろうとしていた時、廊下の方が少し騒がしくなった。
「……いけませんっ。類様」
「こちらは使用人専用ですから、立ち入り禁止ですっ」
 そんな声が聞こえたと思ったら、部屋の襖がスッと開いて花沢類と止めに入っていたらしい使用人の人が2名立っていた。
「牧野、あんたの荷物うちの使用人にアパートまで取りに行って貰ったから……。あ、もう着替え終わったんだ」
「うん」
 あたしの姿を見て花沢類は
「牧野の着物姿って初めて見たけど、似合うね」

 面と向かって褒められると少し照れる。あたしはお礼を言うために口を開けようとしたらセンパイが
「この娘はデコボコ凹凸(おうとつ)が慎ましいからよく似合いますな」
 にっこり笑って言う。
 そ、それって寸胴って事じゃ……。デコボコも凹凸も同意語……。そんなに連打しなくてもいいじゃん。
「ぷっ」
 ……花沢類もそこで笑うなっ。
 思わずキって睨んでしまう。すると、
「まったく、坊ちゃんになんて顔を見せるんだい」
 と、センパイの冷たい視線が突き刺さる。

 ……はっ、しまった。
 図らずとも今はご主人様と使用人だった。
「も、申し訳ありません……」
 慌てて謝ったが
「別にいいよ。牧野は牧野なんだし」
 花沢類は特に気にしていなさそうだった。

 そんな花沢類とあたしを交互に見てからセンパイは、
「……まぁ、よいでしょ。ちょうど坊ちゃんもここにいる事ですし、つくしの練習相手にでもなってもらいましょうかね」

「「……?」」

 練習相手って? 花沢類の方を見ると、彼も何の事って顔をしている。
「ここの使用人が最初に覚える事は、旦那様の着物の着付けの手伝いだよ」
 着付けの手伝い?
「あの人……。滅多にこの家に帰ってこないじゃん」
 あの人って……、センパイが旦那様って言うんだから、花沢類のお父さんの事だよね。
「そうです。帰っていらしても、ご自分で着つけてしまわれる事が多いですが、それでも一番に覚える事は旦那様の身の回りのお世話からです」
 その声を聞いて花沢類と一緒に来た使用人の2人が
「る、類様がお着物をっ」
「何をお出ししたらいいのかしら。もう何年も類様のお着物をお作りになっていないのに」
「類様は和装がお好きではないから……」
「最後に作ったのは中等部3年だったかしら。そのお着物でいいのかしら」
「でもあれから随分背丈が伸びてらっしゃるし……」

 オロオロしている2人に
「落ち着きなさい。みっともないっ」
「「あ……。すみません。センパイ」」
 この人達もセンパイって呼んでいるのね……。
「高等部入ってすぐにも作ったじゃろ。あれらは坊ちゃんの背丈が伸びる事を想定して作ったからピッタリ合うはず」
「はい、すぐに持ってまいりますっ」
 2人は慌てて、といっても足音などは一切立てず、着物を取りに行った。


 何……。花沢類が着物を着るだけでこの騒ぎなの?

「俺、着るなんて一言も言ってないけど……」
「どうせ部屋で寝るだけでございましょう。なら、つくしの手伝いをして差し上げればよろしいじゃないですか」
「……シロ」
 花沢類は面倒くさそうな声を出す。
「着物もね……。虫干しのためだけに外に出されるんじゃ可哀そうですよ。ちゃんと袖を通してあげないと」
 そういうセンパイの顔は、どこか寂しそうに見えた。
 昔の人だから物をすごく大切にする人なのかな……。


 そう言えば今の会話でちょっと気になった事があった。
「花沢類のお父さんって……」
「ああ、一年のほとんどを海外で仕事しているから、日本には滅多に帰ってこないよ」
 だから家にはいないって言ってたんだ。
「お母さんもお父さんに付き添っているの?」
 何気なく出た言葉だったけど、急に空気の温度が変わった気がした。
 花沢類は目線を外して口を閉ざしてしまう。
 センパイの方を見るが、センパイからも目を反らされてしまった。
 え……? 聞いちゃいけない事だった?
 もしかしてもう亡くなっているとか……。

 あ、よく漫画とかであるよね。
 奥さんが亡くなったっていう事実を受け止めきれずに、一心不乱に仕事にのめり込む旦那さん……とか。
 それで残された子供がすごく寂しい思いをさせられて、捻くれて育っちゃうってやつ。
 ああ。花沢類ってまさにそうじゃん。捻くれているし。
 親の愛情が足りずに……って。
 お父さんだけが悪いわけじゃないだろうけど、ちゃんと子供の事も見てあげないと……。
 そりゃここには沢山の使用人の人はいるから、花沢類が1人ぼっちになる事はなかったかも知れないけど……でも親の愛情とは違うんだよ。きっと。
 ちゃんと向き合ってくれていたら、もうちょっと違った人間に育っていたかも知れないのに。
 あたしは思わず同情めいた視線で、ジっと花沢類を見つめる。
 あたしの視線に気づいた花沢類は眉間にしわを寄せて
「なんかその目すごく嫌……」

 彼が一言言った後、廊下に人が戻ってきた。
「類様、お待たせ致しました」
「江戸小紋のこちらの着物をご用意致しました」
 持ってきたのは、小さな柄が沢山入っているグレーの着物。
 センパイがその着物を受け取ると、持ってきた人達は下がっていった。
「坊ちゃんにつくし。では、始めましょうか」
「……本当にするの?」
 花沢類はあまり乗り気じゃないようだけど、これが仕事だって言うならやるしかない。
「よろしくお願いします」
 と、大きな声を出して講習がスタートした。


「俺、肌襦袢はいらない。中に着ているシャツの上からでいい」
「あ、うん」
 あたしは長襦袢を手にして花沢類の後ろに回り着やすいように広げるが、この身長差ってすごくやり辛い。
 背伸びをして両手をバンザイの格好をすると、花沢類の肩の高さと長襦袢の高さが何とか合った。
 袖を通したのを見て、ふぅって息を吐くと
「旦那様も坊ちゃんと似たような背丈だからね」
「は、はいっ」
 いけない。ここで気を抜いちゃ……。
 それにしても花沢家って長身の家系なのね。

 センパイに教わりながら、腰紐を結ぶ。
「牧野、それ上過ぎ。臍(へそ)の下あたりで結んで」
「お臍?」
 って、どこ……。
 手で撫でて触ってみるが、臍の穴みたいな凹みは見つからない。
「そこじゃなくて、ここ」
 花沢類のアドバイスを受けながら、教わった通りに結んでいく。

 これ、自分のを着付けるより大変かも……。
 四苦八苦しながら、何とか仕上がった。
 「どうだ」って、顔をしてセンパイの方を見ると、大きくため息をつかれ
「明日から毎日練習しなっ」
 と、落第点をいただいてしまった……。


 その言葉に、あたし以上に落胆している花沢類の視線が痛かった……。




関連記事

にほんブログ村 
現在ランキング不参加中^^;
Posted by桃伽奈

Comments 4

There are no comments yet.
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2017/01/26 (Thu) 22:59 | EDIT | REPLY |   
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2017/01/26 (Thu) 23:29 | EDIT | REPLY |   
桃伽奈  

も様
 訪問&コメントありがとうございます。

 こんばんはw
 シロさんの名前はお気に入りです。いつか書きたいと思っていた花沢邸。前回のお話「ダイアリー」を書く前からシロって名前だけは決まってました^^;
 本当に「向こうがタマなら、こっちはこれっきゃないだろ」って、軽いノリだったんですがw
 (何気に道明寺邸をライバル視してます)
 
 2人で一緒にいる姿が沢山書きたかったんで、ひとつ屋根の下生活です^^
 ラブラブ……は、徐々に2人の距離が縮まっていければ……w

 お話を読んで下さりありがとうございました。
                      桃伽奈

2017/01/27 (Fri) 00:16 | EDIT | REPLY |   
桃伽奈  

3様
 訪問&コメントありがとうございます。

 こんばんはw
 道明寺邸タマのライバル、花沢邸のシロです。
 (↑私の中では、こんなノリw)
 シロはお気に入りなんで、今後も頻繁(?)に出てくるかと思います^^;
 そして、2人の距離が徐々に縮まってくれれば……。

 どんな服でも着こなす……それが類王子だと思ってますw
 着付け以外にも、仕事は勿論あります……次回のお仕事をお待ちくださいw

 お話を読んで下さりありがとうございました。
                        桃伽奈

2017/01/27 (Fri) 00:30 | EDIT | REPLY |   

Leave a reply